桜と歌舞伎 桜と歌舞伎


 日本の春を象徴する桜。愛らしさ、美しさ、清らかさ、華やかさ、はかなさ……桜のもつさまざまな魅力は私たちの想像力をかきたて、はるか昔から多くの日本人に愛されてきました。

 そんな桜は、多くの歌舞伎演目の舞台にも効果的に登場します。先月、歌舞伎美人では「あなたがえらぶ “桜と歌舞伎”」と題し、お客様から「桜といえば、この演目!」と思う作品を募集。たくさんの熱い思いをお寄せいただきました。今月は、特に皆様からお声が多く挙がった作品を中心に、桜が関連する歌舞伎演目をご紹介します。

 以前のようにはお花見を楽しめないご時世ですが、歌舞伎の舞台では、たくさんの桜が大輪の花を咲かせています。ぜひ、歌舞伎で春の訪れを感じてみませんか?


 今回、一番多くのお声をいただいたのがこの作品。『菅原伝授手習鑑』『仮名手本忠臣蔵』と並ぶ三大名作の一つで、今日まで人気作品としてたびたび上演されています。
 兄・源頼朝との仲たがいにより都を追われた源義経を尋ね、愛妾の静御前と家臣の佐藤忠信が旅をするのは桜花爛漫の奈良・吉野山。「道行初音旅」(通称「吉野山」)では、満開の山々を背景に二人が見せる艶やかな舞踊に思わず息をのみます。また、桜の花枝を持った花四天と忠信の立廻りもみどころの一つ。
 「川連法眼館」(通称「四の切」)では、義経と静が再会を果たし、ともに旅を続けてきた忠信の本性が明らかになります。吉野山中にある川連法眼の館には桜の模様が随所にあしらわれ、上手には桜の木が。幕切れでは満開の桜のなか、嬉々として古巣へ帰っていく源九郎狐の晴ればれとした情景が目に浮かぶひと幕です。

道行初音旅(吉野山
初めて観た歌舞伎の演目です。薄ピンクの桜に真っ赤な静御前と紺色の忠信、真っ白な狐忠信がよく映えてとても印象的でした。色彩の変化も歌舞伎の楽しみ方になるのは生で観て感じたことの一つです。(ぴちぬさん・20代)

川連法眼館(四の切)
早替りやクライマックスの宙乗りが感動的!舞い散る桜吹雪を拾い集めて、記念に持ち帰ります。海外からのお客さま、歌舞伎デビューの方にもおすすめの演目です。(さんさん⋆さえ美さん)

※演出は公演により異なります

『京鹿子娘道成寺』白拍子花子の衣裳はこちら
『京鹿子娘道成寺』舞台装置はこちら

 安珍と清姫の伝説を題材にした道成寺物の集大成とされ、歌舞伎舞踊屈指の大曲です。鐘供養のため大勢の所化が集まる紀州・道成寺に現れた白拍子花子は、鐘を拝みたいと申し出、自らの舞を奉納します。切ない恋心を艶やかに踊って見せていた花子ですが、次第にその本性を現し…。
 背景は満開の桜、舞台上部には二重の桜の吊枝が一面に飾られ、さらには長唄囃子連中の肩衣や、舞台上で数回変化する花子の衣裳にも、鮮やかな桜模様が描かれています。まさに桜づくしの舞台で繰り広げられる、恋する娘のさまざまな姿の踊り分けがみどころの作品です。

初めての歌舞伎観劇は『京鹿子娘道成寺』でした。幕が上がると咲き誇る満開の桜、桜、桜。上からも桜の枝が下がって豪華絢爛。歌舞伎の美しさに魅せられた瞬間です。私の歌舞伎体験の始まりは桜とともにあります。(聞いたか坊主さん・50代)

道成寺の地方の皆さんがお召しになる裃の華やかさは別格だと思う。吉野山や桜丸など、歌舞伎の桜は数あれどやはり道成寺が一番好きだ。道成寺の桜には、絢爛という言葉が相応しい。(まゆいさん・50代)

 政敵藤原時平の策略により流罪となった菅丞相(菅原道真)と周囲の人々が、悲劇に巻き込まれていく様がドラマティックに描かれる、義太夫狂言の名作です。
 菅原道真といえば「飛梅伝説」など、梅を連想される方が多いかもしれません。このお話のなかでは、梅はもちろんのこと、松や桜も意味をもって扱われています。特に桜がクローズアップされるのが、それぞれ異なる主君に仕える松王丸、梅王丸、そして桜丸という三兄弟が活躍する「車引」、そして「賀の祝」の場。歌舞伎ならではの様式美にあふれる「車引」では、三兄弟の性質を表す隈や見得、衣裳に施された松、梅、桜の意匠が目を引きます。「賀の祝」では、松王丸と梅王丸の争いで折れた桜の枝が、その後の桜丸の運命を暗示させるという意味をもちます。物語を紡ぐ、桜のモチーフが心に残る作品です。

車引
歌舞伎に出てくる人物のなかで一番好きなのが桜丸なので、やはり桜と言われたら桜丸が一番初めに思い浮かびます。小さい頃から歌舞伎が好きで地歌舞伎でも観慣れた演目であり、いろんな演目、登場人物がいるなかでも桜丸の人柄が特に際立って私には見えるので、「車引」を選びました。(灑奈さん・20代)

『菅原伝授手習鑑』桜丸の衣裳はこちら