怪談と歌舞伎 怪談と歌舞伎

三遊亭円朝と怪談噺

初代三遊亭円朝「円朝全集. 卷の一」
(国立国会図書館所蔵)

三遊亭円朝 (1839~1900)

 幕末~明治に活躍した落語家。7歳で高座に上がり、20歳余りの若さで舞台装置や仕掛けなどの道具を使った“芝居噺”で人気を博します。その後は複雑な人間心理を掘り下げた自作自演の怪談噺で落語の新しいスタイルを確立し、文学界や演劇界に大きな影響を与えました。『真景累ヶ淵しんけいかさねがふち』、怪談牡丹燈籠かいだんぼたんどうろう 、『怪談乳房榎かいだんちぶさのえのき』は円朝の三大怪談噺としても知られ、今もなお歌舞伎の人気演目として上演されています。

 円朝のサスペンスあふれる怪談噺に衝撃を受ける人も多く、たくさんのご意見をいただきましたので、いくつかご紹介させていただきます。

真景累ヶ淵しんけいかさねがふち

 安政6(1859)年、円朝が21歳のときに書いた作品であると言われており、「罪を犯した者がその怯えから神経を病み、怪談を生む」として、“真景”と“神経”がかかっている題目となっています。明治31(1898)年に歌舞伎として初演され、「豊志賀の死」の場面を切り離した台本は、大正11(1922)年より上演されるようになりました。

男と女の複雑な心情を描く怪談噺

『真景累ヶ淵』「円朝全集. 卷の一」(国立国会図書館所蔵)

<あらすじ>
 富本節の師匠・豊志賀は、20ほど歳の離れた弟子の新吉と深い仲になりましたが、顔に腫れ物が出来る病にかかってしまい、新吉と若い娘お久の仲を勘ぐって嫉妬に狂い、病は重くなる一方でした。ある日看病に疲れた新吉と、継母から逃れたいお久はともに逃げようと決意しますが、豊志賀の声が聞こえ怖くなった新吉は、お久を残して伯父・勘蔵の家へと逃げ込みます。新吉は勘蔵に諭されて師匠の家に戻ることを誓いますが、そのとき、家の奥から豊志賀が現れて…。

ーお寄せいただいた声ー

star 「歌舞伎で上演される怪談の演目は落語が元のものが多いため、いろいろと落語を聞いてみたところ、この話が圧倒的におもしろかったです。全ての登場人物が因果因縁でつながり、人の恐ろしさ、報いの怖さ哀しさが詰め込まれた超大作。歌舞伎でも久々に通しでやってほしいものです。(はみさん・30代)

怪談牡丹燈籠かいだんぼたんどうろう

 明治17(1884)年に国内初の速記本(*)として刊行され、初めて歌舞伎化されたのは135年前の明治20(1887)年、春木座での上演でした。円朝が劇中高座で登場し、『牡丹燈籠』を「噺す」演出は、昭和49(1974)年に大西信行が文学座のために書き下ろした、大西本独自の趣向です。

*落語や講談の口演を速記で記録した刊行物

幽霊よりも恐ろしい人間の業

<あらすじ> 
 浪人萩原新三郎に一目惚れをし、恋い焦がれてこの世を去った旗本の娘お露は、後を追って自害した乳母のお米とともに幽霊になり、牡丹が描かれた燈籠を手にして、毎夜新三郎のもとを訪ねてきます。しかし金無垢の海音如来と護符で身を守る新三郎に近づけなくなった二人。お米は下男の伴蔵に、お札を剥がして欲しいと頼み込みます。悩んだ末に女房のお峰に相談したところ、お峰は百両の大金をもらうことを条件に、この願いを引き受けるよう伴蔵を説得します。伴蔵が如来像をすり替え護符を剥がすと…。

『怪談牡丹燈籠』「円朝全集. 卷の二」(国立国会図書館所蔵)

ーお寄せいただいた声ー

star 怖いのは幽霊ではなく人間であるということを、笑いを織り込んで描くことの狂気と、それこそが人間味だということの恐ろしさ。(ジャッキーさん・40代)

star シネマ歌舞伎で何度も観ている作品です。幽霊そのものの恐さよりも、生者の欲望こそが己の破滅をもたらすということをとても良く表現しているなと思いました。仁左衛門さんの伴蔵と玉三郎さんのお峰夫婦のコミカルさと仲睦まじさが微笑ましく、それが尚のこと最後のシーンを際立たせているなと思いました。(もりもりさん・30代)

star 『怪談牡丹燈籠』のお露の幽霊は、美しさが恐怖に拍車をかけています。焦がれ死するほどの愛情は健気ですが、どんなに愛しい恋人でも、幽霊となればやっぱり怖い。恋人を呼ぶ声は熱いのに、ぞわりとします。しかもこのお話は生きている人間も怖い。金と引換に主を差し出せというお峰、妾となり家の乗っ取りを企み、恋人を唆すお国。 生きていても、死んでからも情や欲から逃れられない人間の性なのでしょうか…。(ミナさん・40代)

怪談乳房榎かいだんちぶさのえのき

 明治初期に創作され、明治21(1888)年に発表。絵師の菱川重信、下男正助、悪党のうわばみ三次を3役早替りで演じ、また本水を用いてのスペクタクルな立廻りの演出が評判となり、今日まで継承されてきました。怪談の要素もふんだんに散りばめられた、夏に観たい演目の一つです。

因果応報の怪談物

<あらすじ> 
 絵師菱川重信には、妻お関と赤ん坊の真与太郎がいます。ある日お関が泥酔した侍に絡まれているところを救った浪人磯貝浪江は、これがきっかけで重信の内弟子となりますが、南蔵院本堂の天井画の龍を描くために重信が家を留守にした間に、お関を我が物にしてしまいます。下男正助を仲間に引き入れると、深夜、重信を殺害しますが、死んだはずの重信は霊となって現れ、雌雄の龍の両眼を描き入れて絵を完成させると、忽然と姿を消してしまいます。浪江は、何も知らないお関と夫婦になりますが、今度は正助に真与太郎を亡き者とするように命じます。正助が十二社の滝つぼに真与太郎を投げ入れると…。

『怪談乳房榎』「円朝全集. 巻の八」(国立国会図書館所蔵)

ーお寄せいただいた声ー

star 勘九郎さん、獅童さん、七之助さんが演じたニューヨーク公演が忘れられません。早替り、本水を使った大立廻りは、怖さを忘れさせてむしろ痛快!随所に父勘三郎さんの演技が思い出され、感傷的になりました。(チョニーさん・60代)

star 30年近く前に初めて自分のお給料でチケットを買い見に行った演目。歌舞伎を見るのも学生時代の舞台鑑賞授業以来。3階B席だったが、当時の勘九郎丈の演技に引き付けられ、傘を使った花道での早替りのシーンでは鳥肌が立った。歌舞伎座さよなら公演では、当時小学生だった2人の子供達と共に見た。勘三郎丈亡き後、赤坂歌舞伎で観て勘九郎丈の演技に涙したのもこの演目。 私にとって忘れられない大切な演目である。(のりのりたまごさん・50代)

そのほかコメントをお寄せいただいた怪談物

star播州皿屋敷ばんしゅうさらやしき
皿屋敷ものは複数ありますが、やはり『播州皿屋敷』が一番怪談らしいなと思います。初めて舞台でこの作品を観たとき、お菊さんが化けて井戸の上に浮かび上がる場面で、まるで本物の幽霊を見てしまったような気がして背中がうすら寒くなり、その日はそっと母親と手をつないで帰りました。(柿山伏さん・30代)
▶あらすじ

star巷談宵宮雨こうだんよみやのあめ
一見、太十夫婦の欲から出た身の破滅ストーリーですが、私にはおとらの身投げからなるラスト、龍達が太十夫婦のみならず実の娘まで連れて行ったように思えてぞっとするのです。(きのじさん・40代)
▶あらすじ

star盟三五大切かみかけてさんごたいせつ
自ら手にかけた愛する女の生首を前に酒を呑むあの場面は、何度見てもぞっとする。同時に、その裏にある心底惚れた相手に軽くあしらわれた、深い哀しみや孤独感が静かに滲み出て心を打つ。(なをさん・60代)
▶あらすじ

star黒塚くろづか
舞台の様子を熱くお話しされる高校の先生の影響で、高校生の頃に当時の市川猿之助さん(現在の猿翁さん)による黒塚を見たいと、歌舞伎座へ一人で出かけた思い出があります。不気味で恐ろしい様の中に静かな迫力があり、しばらく身動きできないほど印象的でした。その経験から歌舞伎座に足を運ぶようになり、今に至ります。演目に「黒塚」とあると当時の舞台を思い出します。地味ではありますが、気迫を感じる素晴らしい演目です。(ゆこさん・50代)
▶あらすじ

star女殺油地獄おんなごろしあぶらのじごく
殺しの場に行き着くまでの流れがわかりやすく、人間関係がシンプルなので、まるで事件現場を目撃してしまったようなリアルな怖さがある。 片岡仁左衛門さんが一世一代で演じられたときの千穐楽の最後。拍手が鳴り止まず、かなり時間が経ってから緞帳が開いたのだが、誰もが期待した挨拶ではなくラストシーンの舞台セットだけを見せてすぐに幕が降りた。その瞬間、目撃した記憶がいっぺんに蘇り震えました。ある意味トラウマです。(まっきーさん・50代)
▶あらすじ

star籠釣瓶花街酔醒かごつるべさとのえいざめ
人怖(ヒトこわ)系の作品です。 花魁八ツ橋にフラれて、半年後に復讐しに行く佐野次郎左衛門。恐らく、半年間に何度も八ツ橋を頭の中で殺して、復讐計画を立てていたのでしょうか。凶器まで揃えて。それを考えるとゾッとします。 男と女の痴情のもつれは、江戸だろうと令和だろうと存在します。そう考えると、人間の本質は変わってないのかも知れません。(カネゴン800さん・30代)
▶あらすじ

 怪談物ではないものの、物語の心理描写を怖いと感じたコメントも非常に多くいただきました。残念ながら掲載しきれなかった作品を、こちらにご紹介します。

『怪談蚊喰鳥』、『解脱衣楓累』、『再桜遇清水』、『桜姫東文章』、『蔦紅葉宇都谷峠』、『寺子屋』、『天竺徳兵衛新噺』、『花嵯峨猫魔稗史』、『日高川入相花王』、『平家蟹』、『名月八幡祭』、『夢幻恋双紙』ほか

 素晴らしいメッセージをお寄せくださいました皆様に、改めて厚く御礼申し上げます。ご協力いただき、誠にありがとうございました。

10月公演予定の怪談物

歌舞伎と貞子のコラボ!

2022年10月大阪松竹座

令和四年十月公演

日本怪談歌舞伎Jホラーかぶき
貞子×皿屋敷

時超輪廻古井処ときをこえりんねのふるいど

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