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今回のテーマ:大阪松竹座での思い出

 大正12(1923)年5月に開場し、今年100周年を迎えた大阪松竹座。記念の月となる5月に、お客様から「大阪松竹座での思い出」をお寄せいただきました。そのなかのいくつかを、ご紹介します。
 大阪・道頓堀の地で、それぞれの時代を牽引するエンタテインメントを発信し続けてきた松竹座ならではの、歌舞伎、演劇、映画、レビューの思い出が並びました。共感や、懐かしさなどとともに、ぜひお楽しみください。
 たくさんの素晴らしいメッセージをお寄せくださいました皆様に、厚く御礼申し上げます。



大阪松竹座開場100周年記念「道頓堀の松竹座」

  • さくら∞さん50代

    生まれて初めてのデートが、大阪松竹座での映画鑑賞でした。今となっては作品名も覚えてないけれど、松竹座だったことと、すごく緊張したことだけは覚えています。今はときどき観劇に伺う、大好きな劇場です。

  • ぽんさん

    「七月大歌舞伎」『芋掘長者』。最前列の私の2つ隣から「チャリンチャリン」という音が。見ると、ショートパンツの男性のポケットから小銭がこぼれ落ちている! 舞台の上からは俳優さんたちが、踊りながら音の方を見てしまって私と目が合ってしまい…ハッピーエンドに思わぬ花の出来事でした。松竹座のとても楽しい思い出です。

    平成28(2016)年「七月大歌舞伎」

  • 二つ井戸さん

    『伊勢音頭』と『助六』という上方と江戸の名狂言の両方で襲名披露されたのは、当代仁左衛門さんならではだと思いました。東西をまたにかけて活躍してきたお名前にふさわしい襲名でした。関西で歌舞伎を観てきた者としては、その後松竹座で上方式の『すし屋』を観せてもらえたのもうれしかったです。

    平成10(1998)年「七月大歌舞伎」

  • 匿名さん70代

    松竹座と言えば、忘れられないのは仁左衛門襲名の『助六』です。大阪で観られることに感激しました。映画館では『夜叉ヶ池』を見ました。古式蒼然としたなか昔は桟敷だったんだろうと思わせる一段高い席だったように思いますが、もう夢の世界に思われます。

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  • 匿名さん30代

    10年以上前から、関西ジャニーズJr.の舞台を観に何度も足を運び、お世話になっております。一度新幹線の遅延で遅れてしまった際、開演後の入場は非常に居たたまれなかったのですが、スタッフの方が丁寧かつ迅速に座席までご案内下さり温かい気持ちになりました。今でもあの光景を覚えており大変感謝しております。

  • はりまやさん50代

    松竹座に最初に訪れたのは高1のときで、映画「E.T.」を見ました。場内に入ると独特な雰囲気があり、上映開始までワクワクが止まりませんでした。本編もハラハラドキドキで、松竹座の雰囲気も相まって最高の体験でした。あれから、映画や舞台で松竹座で何十回伺っていますが、最初の印象が強烈に残っています。

  • うじひろさん60代

    数多く拝見した名舞台もさることながら、私の思い出に特別に残るものは、平成23(2011)年「七月大歌舞伎」公演に先立って、東日本大震災のチャリティーとして仁左衛門さんが中心となり、ご自身が主演される『江戸唄情節』の舞台稽古を一般客に公開してくださったことです。何か役に立てないかとの俳優の皆さんのお気持ちが伝わった貴重な企画であったと思います。

    平成23(2011)年「七月大歌舞伎」

  • とわの母さん

    十一代目市川海老蔵の襲名披露で遠征しました。圧倒されたのが「道頓堀の凱旋門」とも呼ばれた、ネオ・ルネッサンス様式が特徴的な正面ファサード。エントランスやロビーの大理石も印象に残っています。東京の歌舞伎座に見慣れていたので、別世界に迷い込んだ気がしたものです。コンパクトでありながら、窮屈ではない劇場といった印象を持ちました。襲名演目は『勧進帳』でしたが、花道の弁慶や四天王が、とても大きく見えました。難波からのアクセスも良く、また訪れたい劇場です。100周年おめでとうございます。

    平成16(2004)年「七月大歌舞伎」

  • ミチコさん

    関東在住で、初めて行ったのは平成22(2010)年『レビュー春のおどり』。古い建物から残した、風雅でゴージャスな「古き良き大阪」の雰囲気や、楽しいレビューに圧倒されました。ガラスの手すりも観やすく、東京にはない素晴らしい劇場だと感動しました。大好きな劇場の一つになりました。

    平成22(2010)年 「レビュー春のおどり」

  • ねこさん40代

    初めて松竹座に行き、1階席後方から劇場に入った瞬間「わ、舞台までの距離が近い!」と感じたのを覚えています。また、黒のカーテンをくぐるとすぐ座席になっていたような覚えがあり、あとで知ったのですが、もともと映画館だったとのこと。なんだか納得したのと、舞台と客席との一体感があって、お得に感じた印象ばかりが残っています。

    映画館だったころの大阪松竹座

  • ようこりん50代

    デビュー前関西を中心に活動していた関ジャニ∞を観によく行ってました。初めてエイトを観たのも松竹座。初めて推しからお手振りをもらったのも、初めて推しと握手をしたのも松竹座。今は遠い存在になってしまった推しくん。私は、あの頃松竹座でもらった思い出で生きているようなものです。いつかまた松竹座でエイトに会える日を夢見て。松竹座は私にとっての聖地となっています。

  • りささん30代

    松竹座の思い出は、毎年夏と冬に関ジャニ∞の舞台とコンサートを観に行っていたことです。最初は松竹座のジャニーズ公演に違和感があるんじゃないかと思ってました。でも今となっては松竹座は関ジャニ∞の、関西ジャニーズの聖地として、みんなが大好きな松竹座になっています。最前列の真ん中の席が当たったとき、舞台との近さに驚き、いつまでも私のなかで大切な思い出です。

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