ニュース
「オフシアター歌舞伎」『女殺油地獄』熱気とともに初日開幕
5月11日(土)、天王洲アイルの寺田倉庫で、「オフシアター歌舞伎」『女殺油地獄』が初日の幕を開けました。
▼
初日に先立って、前日に行われた公開ゲネプロの前には、出演の中村獅童、中村壱太郎、荒川良々、脚本・演出・出演の赤堀雅秋が公演への意気込みを語りました。
今回上演する倉庫やライブハウスのような、劇場以外の空間で歌舞伎を上演することが「長年の夢だった」と語る獅童は、いよいよ始まる公演を前に「気持ちは高まるばかり」と興奮が隠せません。舞台の四方を客席に囲まれているため、「一瞬たりとも気が抜けない。大道具があるわけではないので、演技力と、一人ひとりの人物像が、はっきりとお客さまから見えてしまう。全員が主役というつもりで、全身全霊で心を込めて、勤めたいと思います」と、真剣な表情。今回は13年ぶりに河内屋与兵衛を勤めます。
初めて歌舞伎に挑戦する荒川良々は、「中村獅童を食うつもりで、挑みます」と気合十分。今回は豊嶋屋七左衛門と白稲荷法印を演じます。「この空間が本当に特異なので、この舞台でどう女方としていられるのかと、いろいろ挑戦してやっていきたい」と意気込んだのは、お吉と芸者小菊の2役を勤める壱太郎です。脚本・演出だけでなく、佐藤小兵衛としても出演する赤堀は、「今まで歌舞伎に興味がなかった人たちにも、足を運んで観ていただくきっかけになったら」と、熱意をみせました。
◇
会場に続くエレベーターの扉が開くと、そこに待ち受けていたのは打ち放しのコンクリートで囲まれた、大きな倉庫の一室。はたしてここでどのような舞台が繰り広げられるのか、早速期待がふくらみます。舞台の周囲には、四方向に客席が設置され、短い花道や黒御簾もつくられています。
開演直前、舞台を覆ったスクリーンにプロジェクションマッピングが投影されると、会場の雰囲気が一変。これから始まる物語を予兆するかのような、さまざまな映像や音が、徐々にその場の緊張感を高めていきます。ふいに映像や音が消えた次の瞬間、舞台の中央に与兵衛(獅童)の姿が現れ、まるで会場が一気に江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚にとらわれます。
油を商う河内屋の次男、与兵衛は、親の名をかたって借金をしたり、喧嘩をしたりと、やりたい放題の放蕩者。そんな与兵衛に、同業の豊嶋屋の女房、お吉(壱太郎)は優しく接します。家の金を自分のものにしようする与兵衛は家族との諍いの末、家を飛び出します。借金返済の期限が迫るなか、豊嶋屋を訪れてお吉に金を無心する与兵衛。しかし断られてしまい、窮するあまり、お吉を殺して店の金を奪って逃げます。
河内屋の家族喧嘩の場面は、そのすさまじい迫力に、まるで実際によその家庭の喧嘩をのぞき見ているかのよう。豊嶋屋のシーンでは、暗がりのなか、すわった目つきの与兵衛が脇差をかざし、逃げ惑うお吉を追い回して命を奪う様の、あまりの生々しさと凄惨さに、客席も固唾をのむばかりです。今回は実際に液体を使わず、身体の動きだけで、床にこぼれた油を表現しています。
事件の後、お吉の逮夜に何食わぬ顔で現れた与兵衛ですが、さまざまな証拠が示され悪事が露見します。両親が涙ながらに見つめるなか、与兵衛は取り押さえられながら「南無阿弥陀仏」と叫び続けるのでした。悪人ながらもどこか人間味のある与兵衛の姿は、いつの時代も同じように、怒りや悲しみの感情を抱き、家族の愛情に涙し、しかし時に道を外れて悪事に手を染めてしまう人間がいるのだということを感じさせます。
舞台に幕はなく、使われる道具は木箱や床几など簡素なものだけですが、そこへ俳優たちの演技が重なると、各場面の様子や転換が容易に想像でき、おのずとリアリティーが高まります。また、つくられた花道だけでなく、客席の間の通路も花道として使われるため、観客と同じ目線の高さで演技が行われる場面も。通常では見られない角度から舞台を味わえる観劇スタイルは新鮮で、かつ実際の人々の暮らしを、傍らから眺めているような感覚で楽しめます。
幾度も上演が繰り返されてきた『女殺油地獄』ですが、「オフシアター歌舞伎」ならではの臨場感をともなう今回の舞台は、まさに、古典の新たな可能性を感じさせる作品となりました。
▼
見る座席の位置を変えるたび、新たな発見とともに舞台が楽しめる「オフシアター歌舞伎」『女殺油地獄』。5月11日(土)~5月17日(金)天王洲 寺田倉庫、5月22日(水)~29日(水)歌舞伎町 新宿FACEでの公演です。チケットの詳細は、それぞれの公演情報をご確認ください。