歌舞伎いろは

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歌舞伎繚乱 KABUKI by KISHIN 篠山紀信特別インタビュー 見たことのない歌舞伎が写っている 40年以上にわたり歌舞伎の舞台を、そして歌舞伎俳優の姿を撮影し続けてきた篠山紀信さん。これまでの作品が1冊のアートブックになりました。

取材・文・構成=歌舞伎美人編集部 写真=阿部拓朗(篠山紀信事務所)

46年間の歌舞伎をこの一冊に

 ――玉三郎さんの『鳥辺山心中』から始まる408ページの写真集です。

 これは1970年、「芸術生活」という雑誌が歌舞伎の特集をやるとき、編集部が若手に――僕もその頃は30歳くらいの若手だったので――、撮らせたら面白いんじゃないかと考え、それで撮ったんです。このときの写真は、六代目歌右衛門とか昭和の名優がいっぱい写っているけど、ありがたみがわからない。今見るとものすごく恥ずかしい、何も写っていないのが多い。

  そんな歌舞伎の世界で、ひとり妖しい光を放っていた人がいた。すらっとしてきれいだな、撮ってみたいと思った人がいた。それが玉三郎さんでした。玉三郎さんを篠山君に紹介しておいて、と三島由紀夫さんに頼まれていた制作の人が引き合わせてくれて、もう意気投合。楽屋で撮ったり、幕が上がる前の舞台で撮ったり。あとでお父さんの勘弥さんに怒られたりもしましたけれど、写真を見せて、いいんじゃないの、ということになりました。

今まで見たことのないものが見える

 ――歌舞伎の舞台写真というと、見得のきまったところなど、だいたい同じ場面が多かったですが、この写真集には見たことのない場面の写真がいっぱいです。

 私は舞台の記録用に撮っているのではありません。また、歌舞伎をよく知っているわけでも、芝居の内容をよくわかって撮っているのでもありません。カメラをのぞいている中で、すごい、すごい、というときだけシャッターを切る。芝居のベストの瞬間をねらうのではなく、役の刹那、刹那をとらえた写真なんです。

  藤十郎さんは、「お役が写っている、自分の一番の思いがここに写っている」って言って選んでくださったんですよ。きまりの形のところではないところで、ふと見せる表情に役の人物が写っている、というようなことを言ってくれる俳優さんが何人もいらっしゃるんです。

 ――演技の極まったところをとらえるのではなく、その頂点に向かう勢いのある一瞬、エネルギーが今にも爆発しそうに燃えたぎる一瞬を、写真にとどめています。

 俳優が乗ってきて、私も乗ってきて、役者に乗り移ってしまったようになるときがあるんです。そういうときは本当にいいですね。歌舞伎俳優が本当に命がけで役に入っている、その一瞬はかけがえのない一瞬です。歌舞伎の神様が降りたその瞬間と、私に写真の神様が降りてきた瞬間。神様と神様がぱっと合わさった瞬間。これがまたすごい。この一瞬が写っているから、形がどうとかいうのを超えたもっとすごいものが写っているのだと思います。

  きれいに決まった写真を見慣れている俳優さんたちも、だんだん篠山の写真は面白いと思ってくれるようになりました。今まで見たことがなかったものをお見せしているわけですからね。掲載した写真はすべて、写っているご本人が出していいと言った一枚です。

  撮影者が消えて、役者がぐーっと出てくるのがいい。私がしゃしゃり出るのはよくない。私はそう思っています。

歌舞伎座の一番前に座っても見えないもの

 ――撮ろうとするものの違いに加え、その一瞬をとらえる技術の違いもありますよね。

 2000年以降はデジタルカメラで撮っています。それまでの30年間はフィルム撮影ですが、8×10の大きなカメラか、6×6、4×5。舞台は35mmで撮っていました。望遠レンズを使い、フィルムは増感してもせいぜいISO400~800でした。いまは1万超えているでしょう。暗い舞台はデジカメじゃないと撮れません。コクーン歌舞伎なんかは、シアターコクーンでないとできないライティングがあるから、また違った意味で面白い写真になります。

  私は3台のカメラで舞台を撮影しています。300mmの望遠レンズは花道の横から鳥屋に向かってくる俳優の全身が撮れます。舞台上に行っても1200mmなら、大きく引き伸ばしてもこれくらいピントの合ったきれいな写真になる。この本の見開き写真は600mmかな。今のデジタルカメラの機材、技術がないと、こうは撮れません。

 ――迫力が感じられるA3サイズの大きさに印刷しても、これだけきれいな仕上がり。技術の点からいってもこの写真集はこれまでにないものに。

 これ以上大きいと、見るのが大変だから、とてもいい大きさ。これしかない。いろんな意味で、歌舞伎座の一番前に座っていたって、この絵は見られませんよ。

  46年間の集大成で、ここから先、そんなに長い期間は撮れないから、もうこんな本は出せません。最初で最後でしょう。それに、53人もの歌舞伎俳優を一冊の写真集にするなんて、もう二度とできないと思いますよ。

篠山紀信(しのやま きしん)

1940年、東京都生まれ。写真家。日本大学芸術学部写真学科在学中より頭角を現し、広告制作会社「ライトパブリシティ」で活躍、1968年からフリーに。
三島由紀夫、山口百恵、宮沢りえ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコほか、その時代を代表する人物をとらえ、また、流行語にもなった「激写」、複数のカメラを結合し一斉にシャッターを切る「シノラマ」など、新しい表現方法と新技術で、時代の先端を撮り続けている。
2012年、熊本市現代美術館を皮切りに全国を巡回中の「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」は、すでに90万人以上を動員。

篠山紀信写真集 KABUKI by KISHIN

篠山紀信写真集 KABUKI by KISHIN

発行:光村推古書院/発売:銀座 蔦屋書店
A3上製、ホログラム付箱入り
オールカラー408ページ
定価:49,680円(税込)

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9:00~23:30

URL:https://store.tsite.jp/ginza/

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