【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。
歌舞伎繚乱
取材・文・構成=歌舞伎美人編集部 写真=阿部拓朗(篠山紀信事務所)
――玉三郎さんの『鳥辺山心中』から始まる408ページの写真集です。
これは1970年、「芸術生活」という雑誌が歌舞伎の特集をやるとき、編集部が若手に――僕もその頃は30歳くらいの若手だったので――、撮らせたら面白いんじゃないかと考え、それで撮ったんです。このときの写真は、六代目歌右衛門とか昭和の名優がいっぱい写っているけど、ありがたみがわからない。今見るとものすごく恥ずかしい、何も写っていないのが多い。
そんな歌舞伎の世界で、ひとり妖しい光を放っていた人がいた。すらっとしてきれいだな、撮ってみたいと思った人がいた。それが玉三郎さんでした。玉三郎さんを篠山君に紹介しておいて、と三島由紀夫さんに頼まれていた制作の人が引き合わせてくれて、もう意気投合。楽屋で撮ったり、幕が上がる前の舞台で撮ったり。あとでお父さんの勘弥さんに怒られたりもしましたけれど、写真を見せて、いいんじゃないの、ということになりました。
――歌舞伎の舞台写真というと、見得のきまったところなど、だいたい同じ場面が多かったですが、この写真集には見たことのない場面の写真がいっぱいです。
私は舞台の記録用に撮っているのではありません。また、歌舞伎をよく知っているわけでも、芝居の内容をよくわかって撮っているのでもありません。カメラをのぞいている中で、すごい、すごい、というときだけシャッターを切る。芝居のベストの瞬間をねらうのではなく、役の刹那、刹那をとらえた写真なんです。
藤十郎さんは、「お役が写っている、自分の一番の思いがここに写っている」って言って選んでくださったんですよ。きまりの形のところではないところで、ふと見せる表情に役の人物が写っている、というようなことを言ってくれる俳優さんが何人もいらっしゃるんです。
――演技の極まったところをとらえるのではなく、その頂点に向かう勢いのある一瞬、エネルギーが今にも爆発しそうに燃えたぎる一瞬を、写真にとどめています。
俳優が乗ってきて、私も乗ってきて、役者に乗り移ってしまったようになるときがあるんです。そういうときは本当にいいですね。歌舞伎俳優が本当に命がけで役に入っている、その一瞬はかけがえのない一瞬です。歌舞伎の神様が降りたその瞬間と、私に写真の神様が降りてきた瞬間。神様と神様がぱっと合わさった瞬間。これがまたすごい。この一瞬が写っているから、形がどうとかいうのを超えたもっとすごいものが写っているのだと思います。
きれいに決まった写真を見慣れている俳優さんたちも、だんだん篠山の写真は面白いと思ってくれるようになりました。今まで見たことがなかったものをお見せしているわけですからね。掲載した写真はすべて、写っているご本人が出していいと言った一枚です。
撮影者が消えて、役者がぐーっと出てくるのがいい。私がしゃしゃり出るのはよくない。私はそう思っています。
――撮ろうとするものの違いに加え、その一瞬をとらえる技術の違いもありますよね。
2000年以降はデジタルカメラで撮っています。それまでの30年間はフィルム撮影ですが、8×10の大きなカメラか、6×6、4×5。舞台は35mmで撮っていました。望遠レンズを使い、フィルムは増感してもせいぜいISO400~800でした。いまは1万超えているでしょう。暗い舞台はデジカメじゃないと撮れません。コクーン歌舞伎なんかは、シアターコクーンでないとできないライティングがあるから、また違った意味で面白い写真になります。
私は3台のカメラで舞台を撮影しています。300mmの望遠レンズは花道の横から鳥屋に向かってくる俳優の全身が撮れます。舞台上に行っても1200mmなら、大きく引き伸ばしてもこれくらいピントの合ったきれいな写真になる。この本の見開き写真は600mmかな。今のデジタルカメラの機材、技術がないと、こうは撮れません。
――迫力が感じられるA3サイズの大きさに印刷しても、これだけきれいな仕上がり。技術の点からいってもこの写真集はこれまでにないものに。
これ以上大きいと、見るのが大変だから、とてもいい大きさ。これしかない。いろんな意味で、歌舞伎座の一番前に座っていたって、この絵は見られませんよ。
46年間の集大成で、ここから先、そんなに長い期間は撮れないから、もうこんな本は出せません。最初で最後でしょう。それに、53人もの歌舞伎俳優を一冊の写真集にするなんて、もう二度とできないと思いますよ。
1940年、東京都生まれ。写真家。日本大学芸術学部写真学科在学中より頭角を現し、広告制作会社「ライトパブリシティ」で活躍、1968年からフリーに。
三島由紀夫、山口百恵、宮沢りえ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコほか、その時代を代表する人物をとらえ、また、流行語にもなった「激写」、複数のカメラを結合し一斉にシャッターを切る「シノラマ」など、新しい表現方法と新技術で、時代の先端を撮り続けている。
2012年、熊本市現代美術館を皮切りに全国を巡回中の「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」は、すでに90万人以上を動員。
- 市川右團次
- 市川海老蔵
- 市川笑也
- 市川猿翁
- 市川猿之助
- 市川猿弥
- 市川左團次
- 市川染五郎
- 市川團十郎
- 市川中車
- 市川門之助
- 尾上右近
- 尾上菊五郎
- 尾上菊之助
- 尾上松也
- 片岡愛之助
- 片岡市蔵
- 片岡我當
- 片岡亀蔵
- 片岡孝太郎
- 片岡仁左衛門
- 片岡秀太郎
- 坂田藤十郎
- 中村魁春
- 中村歌昇
- 中村壱太郎
- 中村歌六
- 中村勘九郎
- 中村勘三郎
- 中村鴈治郎
- 中村吉右衛門
- 中村錦之助
- 中村児太郎
- 中村芝翫
- 中村七之助
- 中村獅童
- 中村雀右衛門
- 中村扇雀
- 中村東蔵
- 中村時蔵
- 中村富十郎
- 中村梅玉
- 中村梅枝
- 中村隼人
- 中村福助
- 中村又五郎
- 中村米吉
- 坂東新悟
- 坂東玉三郎
- 坂東三津五郎
- 坂東巳之助
- 坂東彌十郎
- 松本幸四郎
歌舞伎繚乱
-
三喬 改メ 七代目笑福亭松喬 襲名披露×大海酒造
大阪松竹座「三喬 改メ 七代目笑福亭松喬 襲名披露公演」で、江戸時代から続く上方落語の名跡、笑福亭松喬が七代目として復活します。師からその名を継ぐのは笑福亭三喬。1年にわたる襲名披露興行の第一歩を10月8日(日)、大阪松竹座で踏み出します。
-
KABUKI by KISHIN 篠山紀信特別インタビュー
始まりは47年前、玉三郎さんの舞台を撮影したこと。以来、俳優の刹那を撮り続けてきた篠山さんの作品が408ページの写真集になりました。掲載されているのは、総勢53人もの歌舞伎俳優の姿。篠山さんだからこそ撮れる、迫力の写真の秘密とは。
-
「耳をすまして舞台を見る楽しみを」~歌舞伎ギャラリー演奏会の一年を振り返って~ 後篇
歌舞伎座ギャラリーの舞台は、第四期歌舞伎座の舞台で使われていた檜板。歌舞伎がたっぷりしみ込んだその場所で、2015年9月、第一回 歌舞伎座ギャラリー演奏会が始まりました。1年が過ぎた今、出演の三人が語ります。後篇も公開!
バックナンバー
-
「耳をすまして舞台を見る楽しみを」~歌舞伎ギャラリー演奏会の一年を振り返って~ 前篇
歌舞伎座ギャラリーの舞台は、第四期歌舞伎座の舞台で使われていた檜板。歌舞伎がたっぷりしみ込んだその場所で、2015年9月、第一回 歌舞伎座ギャラリー演奏会が始まりました。1年が過ぎた今、出演の三人が語ります。
-
歌舞伎座「四月大歌舞伎」新作歌舞伎『幻想神空海』―後篇―
ついに幕を開けた歌舞伎座の新作歌舞伎『幻想神空海』。新しいものをつくり上げるため、開幕ぎりぎりまで力を注いできた過程とともに、歌舞伎座の舞台に広がった唐の世界、妖しの世界をご堪能ください。
-
歌舞伎座「四月大歌舞伎」新作歌舞伎『幻想神空海』―前篇―
新しい歌舞伎座に4本目の新作歌舞伎が登場! 夢枕獏の原作をもとに新たに書き下ろされた新作歌舞伎『幻想神空海』の魅力に迫るスペシャルコンテンツ。舞台が開くまでの表も裏も、そして稽古場の様子もたっぷりお見せします!!
-
京都四条南座『あらしのよるに』中村梅枝 中村萬太郎
ヤギのみい姫とたぷ。「オオカミに比べて見た目の印象が薄いので、ヤギに見えるか心配だった」と梅枝さん。「自分で役をつくっていく部分が多く大変、でも楽しかった」と萬太郎さん。ついに初めて尽くしの舞台が開幕!
-
京都四条南座『あらしのよるに』中村梅枝 中村萬太郎
ベストセラー絵本が歌舞伎に!?いったいどんな舞台になるのか、期待はふくらむばかり。始まったばかりの稽古場で、オオカミのがぶ役、獅童さんにずばり!聞いてみました。
-
京都四條南座「春爛漫、京の舞台に、花開く!」
歴史ある南座で、歌舞伎新世代の花形公演の幕が開きました。前回、熱い思いを語ってくれた尾上右近、中村種之助、中村米吉、中村隼人の四人が、舞台に立っての新たな思いを語ります。
-
歌舞伎繚乱 京都四條南座「春、京都、花形歌舞伎!」
2015年、歌舞伎の新世代が今度は京都で花開きます!これから、ではなくて、「今」を見ていただきたいと、若手花形四人が語ります。