歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」『俊寛』
歌六さんのこと、お教えします

ようこそ歌舞伎へ 中村歌六

紫綬褒章の受章は先輩方のお蔭

 ――歌六さんはこの春、紫綬褒章をご受章されました。

 これまでを評価していただけてありがたいことです。このところいろんな賞を頂戴できましたが、それもみな先輩方のお蔭です。

 ――演じられるうえで、どんなことを心がけていらっしゃいますか。

 自分の映像は滅多に見ないのですが、演じるときには見直し、こういうところがいけないのかなとか、ここはこれでいいのかなとか、反芻します。復活狂言のような目にない役はつくらないといけませんが、9月に勤める2役は先輩方の舞台を拝見できた芝居ですから、よりどころはあります。なにか発見し、前回勤めたときよりも一歩でも半歩でも前進したいといつも思っております。

初代吉右衛門と同じ空間にいたのはすごいこと

 ――「秀山祭」は初代吉右衛門を顕彰する公演です。初代さんとの思い出はおありですか。

 初代のおじ様は僕が3歳のときに亡くなられているから記憶はないんですけれども、手をつないでもらっている写真が僕の宝物箱に入っています。お墓参りかなにかのときだと思いますが、僕は片手をポケットに突っ込んで偉そうにしています(笑)。その頃、親戚中で小さい子は僕しかいなかったんだと思います。亡くなられる1年ぐらい前ではないでしょうか。

 父や母から聞いた話ですが、僕が楽屋にいると、「貴智雄(父の二世歌昇、四世歌六追贈)のところの坊や、来ているのなら呼んでこい」とおじ様がおっしゃる。その頃の僕は『河内山』の真似の「ばーかめ」というのが得意だったそうで、おじ様の部屋に行くと、「やっとくれ」と言われて僕が「ばーかめ」と言う。そうするとおじ様が喜んで、「いいよ、上手だ上手だ」とおっしゃったんだそうです。あと、その頃得意だったのが、『籠釣瓶』の次郎左衛門の「宿へ帰るのが嫌になった」。

 初代と同じ空気を吸っているのは、9月の出演者のなかでも、吉右衛門のお兄さんを除いたら僕ぐらい。大変なことですよ。同じ空間を生きたことがあるのは僕ぐらいだぞ、と。

 ――「秀山祭」も、ご子息の米吉さんをはじめ、ご親戚の皆さんが成長され、若手花形として活躍されています。

 気が付いたら父親になっているのもいるんですから、びっくりします。戦力になっているかどうかは知りませんけれど。僕たちもそう言われてきたのでしょうから、歴史は繰り返しているんですよね。小川家は人数だけはおります。野球では余るかもしれませんが、サッカーができるくらいの人数はいますよ。

播磨屋!

中村歌六さんをもっと知りたい!

五代目 中村歌六(なかむら かろく)

生まれ 昭和25年10月14日生まれ。
家族 父は四代目中村歌六、息子は五代目中村米吉、弟は三代目中村又五郎。五代目中村時蔵、二代目中村錦之助、二代目中村獅童はいとこにあたる。
初舞台 昭和30年9月歌舞伎座『夏祭浪花鑑』倅市松ほかで四代目中村米吉を名のり初舞台。
襲名 昭和56年6月歌舞伎座『一條大蔵譚』大蔵卿で五代目中村歌六を襲名。
受賞 平成8年眞山青果賞奨励賞、13年十三夜会賞助演賞、22年松尾芸能賞優秀賞。27年第22回読売演劇大賞優秀男優賞。同年芸術選奨文部科学大臣賞。28年日本芸術院賞。30年紫綬褒章。
この一年の舞台

平成29年

9月 「秀山祭九月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『極付幡随長兵衛』唐犬権兵衛/『ひらかな盛衰記』「逆櫓」漁師権四郎
10月 「平成29年10月歌舞伎公演」(国立劇場)
『霊験亀山鉾』大岸頼母
11月 「吉例顔見世大歌舞伎」(歌舞伎座)
『奥州安達原』平傔仗直方/『新口村』孫右衛門
12月 「平成29年12月歌舞伎公演」(国立劇場)
『隅田春妓女容性』源兵衛堀の源兵衛

平成30年

1月 「壽 初春大歌舞伎」(歌舞伎座)
『勧進帳』常陸坊海尊
2月 「二月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『一條大蔵譚』八剣勘解由/『井伊大老』仙英禅師/『壽三代歌舞伎賑』男伊達揚羽蝶の歌六
3月 「三月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『滝の白糸』春平
4月 「柿葺落四月大歌舞伎」(御園座)
『籠釣瓶花街酔醒』繁山栄之丞/『梶原平三誉石切』六郎太夫/『廓文章』吉田屋喜左衛門
6月 「六月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『夏祭浪花鑑』釣船三婦
7月 「七月大歌舞伎」(大阪松竹座)
『河内山』松江出雲守/『御浜御殿綱豊卿』新井勘解由/『女殺油地獄』河内屋徳兵衛

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