歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



リュドミラ・セメニャカ(※3)
(1952年生まれ) ロシア出身のバレエダンサー。ボリショイバレエのプリマとして活躍。「眠れる森の美女」「ジゼル」など数々の名舞台に出演する。
 

白鷺と、白鳥

 眼が離せなくなる美しさと壮絶な死。
 『鷺娘』と出会う前、椎名林檎さんは「似て非なる」衝撃をある作品から受けました。

椎名「中学生くらいの時にロシアのバレエダンサー、リュドミラ・セメニャカ(※3)が『瀕死の白鳥』を踊る最後の来日公演を観たんです。あまりの感激で楽屋にお伺いしたら、ご本人にも会えて…」

富樫「『瀕死の白鳥』と『鷺娘』は比較されることもありますよ」

椎名「セメニャカの『瀕死の白鳥』を観た時のあの感じと『鷺娘』を観て感じることを、いつも比べてしまうんですけど…。全然違う。バレエのほうは、命がただ果てていく哀しみだったり、美しさをより表現していると思うんですけど」

 『鷺娘』を観た時、少女の頃経験したセメニャカに対する激情がよぎった。感情の面影を手探りするうち分かったのは、観客としての惹き込まれかたが違っていること。

椎名「『鷺娘』は、恋を遂げられなかった娘の想いや後悔といった“心情”が波のように襲ってくるんです。あの美しさはこの世のものとは思えないのだけれど、眼の前で確かに生きている。我々に近しいものを感じるんです。それは作品が“心”を表現するものだからなんでしょうね」

富樫「娘が実は鷺の精っていう前提がまずファンタジーじゃないですか。なのにリアルな生命感や恐怖がある。ホラー映画で血糊がドバーって出るのとは全く違うけど」

椎名「そうなんですよ。血糊よりもリアルなものがあるんですよね。あそこまで芝居芝居した演出なのに。上手(かみて)に長唄のバンドがいるわけですから。見えてますから」

富樫「(笑)後ろの雪景色、思い切り、木だし」

椎名「そうそう。あと傘を差しておくところとか(爆笑)」

富樫「そう!傘置いとくとこ(爆笑)。冷静に考えるとすごい不思議ですよね」

椎名「けれど俳優さんが、すっと動き出した時点で全然気にならなくなる。その時その場所はもう、東銀座じゃなくなってしまいますからね」

富樫「後から考えるといろいろあるんですけどね」

椎名「セメニャカは、死を恐ろしいものとは感じさせなかったと思うんです。美しさを印象に残すことで、むしろ死とは当たり前のものと感じさせるところに救いがある。でも『鷺娘』は、今日観た玉三郎さんのは、突き落とすような悲しさがあるんです。だから怖いんですよね。でも癖になる。美しさと恐怖が同居する刺激がたまらない」

富樫佳織の感客道

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