歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



   

限られた空間が生む、ドラマ性

富樫「先ほど雪の場面の効果を『レイヤー』と表現していましたが、『封印切』の場で、座敷の緋色の壁を背景に紺色の縞の着物を着た従業員たちがずらりと並んだ時の華やかさはまさに『レイヤー効果』ですよね?」

服部「そうですね。大道具があって、人がいて、着物の柄があって、それが奥行き感をものすごく感じさせますよね」

富樫「で、紺の着物の人たちが奥に入ってしまい、おかみさんと梅川だけになると同じ座敷でも急に寂しさが漂いますよね。ベースの座敷は同じ大道具なのに」

服部「そうそう。こういうのが本来の日本のデザインなんだろうなと、今日の芝居を観て感じました。建物はとてもシンプルなんだけど、着ている着物で季節を語るとか。昔は日常にたくさん遊びがあったんですよね」

富樫「歌舞伎は平面、二次元で展開される舞台だからなおさら、限られた空間の中でものを劇的に見せる手法が洗練されていると思います。茶室もそうですよね。そぎ落とした空間だからこそ、道具を客の前に出した時ドラマ性がある」

服部「建築だと桂離宮が象徴的ですよね。あれは国土が狭い日本という国で、いかに自然をドラマチックに見せるかを考えてできた建築なんです。例えば日本庭園の飛び石もよく出来ている。不安定な石の上を歩く時、人は自然に足元を見て歩きますよね。そして茶室に着いて、ぱっと目線を上げると目の前に庭園がパノラマで突然広がるような造りになっているんですよ」

富樫「来るぞ来るぞって見ながら歩いているのとでは、感動が違いますよね」

服部「すでに存在するものを装置に見立て、ドラマチックに視覚を演出するという発想ですよね。日本人は日常的にそれをしていたんです」

 服部さんは感劇後、ものを表現するには「隙間」が大事だ。そう改めて気づいたそうです。完璧で隙のないものは美しい。しかし観るものの想像力を喚起することはできない、と。

 自然や人、それらは観る度に形を変えるいわば「隙」があるものです。そして例え同じものを観ても、一度として同じ瞬間はありません。きっと、私たちひとりひとりが持つ引き出しに入っている想像力が無限だからなのでしょう。

服部「観客や、受けての気持ちを、突然引き出しを開けるようにハっとさせるのがデザインでもできたらいいな。そう思いました」

昨年、grafがデザイン監修を手がけた伊豆の温泉ホテル「ARCANA IZU」。
それぞれの客室は渓流を望んで作られ、景色と調和する最小限のインテリアが置かれている。自然をダイナミックに魅せるために演出された空間。

富樫佳織の感客道

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