歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

娯楽はブラックな視点から生まれる

  『法界坊』を観ていただくならダンカンさんしかいない!そう思ったのは、常識ではとても共感できない狂気と欲とともに生きるこの主人公をどうご覧になるか聞いてみたかったからです。自己中心的で恥知らず、そんな法界坊になぜか惹きつけられてしまうのはなぜなのか。

ダンカン 「基本的に人間の心の中には『社会のルールからはみ出していること』 に対する欲求があるんでしょうね。法界坊は悪い坊主ですよね。悪いやつなんだけど、これは物語だから芝居小屋にいる間、その空間を楽しめればいいという安心感もあるんですよ」

富樫 「なるほど」

ダンカン 「芝居から離れますが、兵庫県の知事が『東京にもし大地震が来たら関西はチャンスですよ』という失言をして大問題になりましたよね。彼は政治家として責められるべきなんだけど、実はそう言われた東京に住む僕たちの中にも『自分が生きてるうちに大地震を一度見てみたいかも』って気持ちがあるような気もするんですよね。けれど人が亡くなるのは嫌だ」

富樫 「そして自分の家が倒れてなくなっちゃったら嫌ですけど」

ダンカン 「失言した知事に対して皆は『そんな不謹慎な!』と言うけれど、心の中で『それもちょっと面白いかな』と考える人もいるんですよね。でも社会人だし、社会のルールに沿って生きているから言わない。歌舞伎にはそういうところを『よくぞ言ってくれた!』『よく見せてくれた』というのがあるんじゃないかな」

富樫 「だから庶民が熱狂したんでしょうね。士農工商が厳しい時代に武士の理不尽を描いたり、大借金をして遊女と駆け落ちする情熱的な人を芝居で観たらカタルシスがありますもんね」

ダンカン 「お笑い芸人や役者というのは、いつの時代も人の心の底にある欲求を刺激するところから始まるんですよ。それは言葉は悪いけど差別から始まることもある。例えばお笑いの基本ってスーツを着た紳士がバナナの皮で滑って転ぶのを見て皆が笑うとか、もともと人間が持っているブラックなところから生まれるんですよね」

 物語や笑いには、人間のほころびをまざまざと見せる凄みがある。人はその姿に、自分の姿を投影ながら笑ったり泣いたりするのだろう。

富樫佳織の感客道

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