歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※3)甚三郎 道具屋甚三郎。元は吉田家の家臣。道具屋に姿を変えて要助(松若)の無事を見守っている。

 

型があるからこそ生きる面白さ

富樫 「今回、学生時代以来の歌舞伎でしたが一番面白かった場面はどこでしたか?」

ダンカン 「橋之助さんが面白かったですね」

富樫 「甚三郎(※3)。するどいところを観てますね」

ダンカン 「周りの登場人物があれだけ欲深くて自己中心的で、遊んだ演出を感じさせるのに、橋之助さんだけはビシーっと歌舞伎らしく頑張るじゃない。『俺は頑張るよ』っていうのを演じている彼の心の中が面白いんじゃないかと思って」

富樫 「深いですね。そういう視点でいくと、やっぱり歌舞伎は型があるからこそ面白いとも感じられましたか?」

ダンカン 「それはありますよね。例えば大道具ひとつ見ても法界坊が人を殺す『八幡裏手の場』、木や繁みは書割なのに鳥居はものすごく太くて立体的だったり」

富樫 「そう言われると確かに!」

ダンカン 「大雑把にデフォルメしているものと、リアルなものが同居していてどちらに合わせて観ればいいのか一瞬戸惑うんですよね。でもそれも型として芝居全体が成立しているから実は違和感がないんですよ」

富樫 「そこが歌舞伎らしさかも」

ダンカン 「僕はお笑いの人間なので前半のコメディタッチの部分にも歌舞伎の持つ型みたいなものを考えさせられました」

富樫 「例えば?」

ダンカン 「お笑い的な発想でいくと、フリとオチを期待してしまうんですよね。例えば法界坊が要助から掛け軸を奪って立ち去るところ。引き戸が回転ドアになっていて忍者みたいにグルグル回って消えるじゃないですか」

富樫 「なんだか分かってきました…

ダンカン 「お笑いだったら、1回、2回と回ったら3回目はいきなり引き戸の回転がストップして役者が激突して『アイタ!』となりますよね。でも、歌舞伎ではそのままするりと退場していく」

富樫 「そのスカされた感も、たまらなくなってくるんですけどね」

ダンカン 「実はそのバランスがいいんだと思いました。その後、法界坊がかっぽれを踊り出すと一瞬にして劇場の空気がガラリと変わるでしょ。それまでは大笑いしていたのに、きゅっと締まる。あれこそ役者さんの芸の力なんですよ。役者の力で空気が一気に変わるところが歌舞伎は一番面白いんだなと感じました。ですからお笑いで期待されるオチがなくてもいいんですよね。型と芸が持つ力に引き込んでくれるさじかげんが調度いいんです」

 時代を超えて生き続ける芝居に、そして眼の前にいる役者の生きざまに刺激を受け自分のパワーの源とするダンカンさんの感受性。観客としての好奇心と、舞台制作者としての冷静な目線がほどよく入り交じる視点は新しい発見をたくさん教えてくださいました。

  ところでダンカンさん、芝居冒頭、鐘供養のおじいちゃん、おばあちゃんが出てきた瞬間に大笑いしていましたが…

ダンカン「あのじいちゃん、ばあちゃんがさ一番強欲(笑)。一番楽(らく)しようとしてる感じがいいなって思ってね。で、それを観ている観客も他人事だと思って笑ってるけど『きっと同じなんだけどなあ、根っこは』と。人間っていつの時代も、誰もがそういうもんなんですよね」

 

プロフィール

ダンカン

1959年生まれ。たけし軍団の一員として、お笑い芸人として、テレビ番組や舞台で活躍。放送作家、劇作家、映画監督、舞台演出、漫画原作など幅広い分野で活躍している。独特の存在感から俳優として映画出演も多数。映画『生きない』(’98)脚本主演。『七人の弔い』(’05)監督・脚本・主演。著作も『ダンカンが行く!』(新潮社)『ミスター・ルーキー』(角川書店)など多数。97年に旗揚げした劇団『サギまがい』では、人間の温かさを描く芝居を上演し26回の公演を重ねる。
公式HP「ダンカンが行く!

 

富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

『世界一受けたい授業』『世界ふしぎ発見!』『世界遺産』などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

     

富樫佳織の感客道

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