歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



富樫佳織の感客道  

第一回 茂木健一郎さん

歌舞伎は脳へのご褒美!? ?なぜ同じ演目を何度観ても面白いの?

富樫「歌舞伎って観続けていると同じ演目を何度も観ることになるじゃないですか。すでに知っているものを繰り返し観ても面白いと感じるのは脳の機能なんですか?」

茂木「脳科学でいう“引き込み現象”というものですね。脳には、既に知っている定まった回路に引き込まれていく性質があるんです。知っているものを繰り返し観るのは実は快感なんですよ。しかも脳は、蓄積した情報を『1+1=2』といつも同じように処理するわけではないんです。『1+1』が2、2以上、3とか4とか5になっていくんです」

富樫「繰り返し観ると、面白さが増えるということですか?」

茂木「同じものを何度も観ると言っても、その時の年齢や人生観、自分が置かれている状況によって、感じることは違いますよね。新しい条件が足されることで、同じものだけど観る度に新鮮な面白さに出会うわけです」

 なるほど。脳の仕組みで解説されると歌舞伎に対して感じていた感覚がスッキリと解明されます。さらに同じ芝居に繰り返し感動を憶えるのは、歌舞伎が演じられる空間そのものに秘密があるそうです。

茂木「例えば映画ならDVDで好きな時に何度も繰り返し観ることができますよね。でも歌舞伎は生じゃないと絶対にダメなんですよ。舞台の広がりとか、花道とか、劇場にしかない空気を全て自分で感じて初めて味わえるものなんです。しかも好きな演目にまた巡り会うには2、3年待たなきゃならないでしょ。時間を置いてまた体験することで、引き込み現象による快感がもたらされるんですよね」

富樫「待つ時間が長いほうが観た時のご褒美、つまり感動や達成感が大きいということなんですか?」

茂木「そう。ちょうど今の季節、花見に似てますよね。DVDプレイヤーはあるけど、花見プレイヤーってないじゃない?春、ごく限られた期間に桜を見るのってすごく楽しい。だけどまた体験しようと思ったら1年間待たなくてはならないでしょ。だから春が近くなると人は桜が咲くのを待ち遠しく思うし、何度体験しても花見に飽きる人はいない。その時、そこでしか味わえない感覚という意味で、歌舞伎と花見はすごく近い気がします」

 時の流れとともに変わってゆくもの。
 時を経ても変わらないもの。
 ひとにも歌舞伎にも、そのふたつが同居している。

 芝居を観ることは、自分自身との出会いを繰り返すこと。

これぞ「感客」の道ではないでしょうか。
茂木健一郎さんとの観劇を通して、まずは道の第一歩を踏み出した思いです。

 

第一回 茂木健一郎さん

茂木健一郎

脳科学者。ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー。

「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードに、脳と心の関係を学術的に研究している。科学者としての研究にとどまらずオペラやクラシック、落語、現代美術、文学といった芸術全般に造形が深く、現在幅広い分野での執筆・対談で多忙な日々を送っている。

〈著作〉
「脳と仮想」(新潮社・2005年小林秀雄賞受賞)
「脳と創造性」(新潮社)、「天才論」(朝日新聞社) ほか多数

毎日の活動を散文のように綴るブログ「クオリア日記」も人気。

茂木健一郎
 

富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

「世界一受けたい授業」「世界ふしぎ発見!」「世界遺産」などを手がける。また中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

富樫佳織

富樫佳織の感客道

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