歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



富樫佳織の感客道  

第二回 茂木健一郎さん(後編)

劇場は『傾く』エネルギーを充電する場所

茂木「我々は五感でとらえた情報を脳で感覚として認知します。その感覚が積み重なって個人の好みや思想が創られていく。だから脳について研究するということは、いかに生きるかということを考えることなんです」

富樫「歌舞伎には刺激的な登場人物がいっぱい出てきますよね」

茂木「人間のギリギリの生き方を描いたものが多いですよね。不条理とか、別れとか。生きるということの究極を描いているから、観ているとパワーが沸いてきますよね」

富樫「『義経千本桜』の『渡海屋』なんて初めて観る現代人にとっては不条理極まりないですよね。漁師が実は平家方の武将・知盛で、その家の娘が実は安徳天皇だという…。しかも安徳天皇なのに座敷で眠ってたりして」

茂木「近代的人間は『ひとりの人はひとり』であると思っているんだけど、歌 舞伎には『なんとか実はなんとか』っていうのがたくさん出てくるでしょ?銀平実は知盛、忠信実は狐。それは誰かの扮装やふりをしているという単純なことだけではないんですよね。人間の中に潜んでいる隠れた性質というか隠れた情念を描いている」

富樫「歌舞伎はそれを分かった上で観るから、観客にはひとりの人間にもうひとりの人物像を重ねる想像力が求められますね」

茂木「現代人って、みんな堅苦しい生き方をしているじゃないですか。色遣いもそうだし、ひとつの人格で生きていくってことにしても。でも歌舞伎を観ていると荒唐無稽に感じる部分がたくさんあって、そのむちゃくちゃなところを受け入れて観るとすごく元気になるんです」

富樫「つっこみ入れながらもそのパワーに押されてしまうところが魅力なんですよね。観ているとどんどん引き込まれて思わず拍手したりテンション上がりますし」

茂木「そうそう。心を解放できる場所なんですよ、歌舞伎って。
千本桜の『川連法眼館』で狐忠信が突然舞台に現れるシーンがあるでしょ。あそこは必ず『わーっ』って驚く声が聞こえるんですよね。今は日常で気持ちを素直に表現することが少ない。だから感情を声や身体で表すことが許されるのっていいですよね。その延長線上に、掛け声とかがあるんだと思う」

富樫佳織の感客道

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