歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



富樫佳織の感客道  

第三回 書家 紫舟さん

100年経っても「新しい」作品を創りたい

 桟敷席のお隣には、ひとりで観劇を楽しむご婦人が座っていらっしゃいました。紫舟さんは自分からフレンドリーに声をかけます。
「どのくらいお芝居を観ているんですか?」
 聞けばそのかたは、すでに数十年歌舞伎をご覧になっているそうです。先の海老蔵フィーバーを懐かしく語ってくださいました。

紫舟「そうかあ…長く観ているから小さな変化も楽しめるんでしょうね」

富樫「紫舟さんも、芝居を観ながら『上手い』とか『いいな』とつぶやいてましたが?」

紫舟「ああ、それは自分へのなぐさめからの一言です」

富樫「なぐさめ?」

紫舟「長くやっている方の芸には奥深さがにじみ出てるなと感じたんです。書家も、一般的には年配の人をイメージされるでしょ?だとしたら私はまだ、ひよっこどころか受精卵です。年を重ねないと出せない奥深さを感じると、いいなと思うと同時に『今の自分ができる作品をまず創ろう』って、言い聞かせるんです」

富樫「今回は若手の俳優さんたちが111年前の古典を復活させるという挑戦をしています。伝統文化という懐の広い分野だからこそ若手ができることもあるのでは?」

紫舟「私の世代はとても恵まれていると思います。若手がどんどんチャレンジできるようになっている。だからこそ伝統を伝えるだけではなく、世界に通用する作品を創っていかなければと思います」

【ベネチアンビエンナーレ企画展にて】
 

 紫舟さんは2年前、ベネチアンビエンナーレ企画展に作品を出品して高い評価を受けました。海外での活動を経験したからこそ、伝統文化を背負って挑戦する新たなテーマを見つけたと言います。

紫舟「ヨーロッパの方たちは作品に好意的でした。でも彼らの評価は『日本という小さな国に書という伝統文化がある』ということを知った面白さで、書の本質を伝えられたとは言えないなと思ったんです」

富樫「伝えるためには殻を破ることも必要だと思いますか?」

紫舟「私はよく、ハリウッド映画の題字を書きたい!と言っているんです。漢字ではなくアルファベットで書いた時に、その字から映画のストーリーが感じられるねって言われるような作品を創りたい」

富樫「見たら意味が分かる漢字というモチーフを超える表現ですね」

紫舟「そういう、表現者の思いが伝わる作品は古くならないんです。奇をてらうつもりはなく、100年後に見ても新しいと感じさせる何かを持った書を書きたいと思っています」

 書の世界では、現代人からはアバンギャルドに見える表現方法がすでに300年前の作品にもあるそうです。

自由な表現に挑戦する人は、今も昔もいる。
色褪せないのは、人の想い。

 だからこそ私たちは歌舞伎や書といった数百年前の作品に感じ入ることができるのだと思いました。

富樫佳織の感客道

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