歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



『隅田川続俤』(※注2)
天明4年(1784年)大阪で初演。「鯉魚の一軸」という名宝の紛失による御家再興の物語。色欲、物欲、生への執着に支配されたアナーキーな僧侶・法界坊のキャラクターによって喜劇性の強い傑作となった。平成中村座の公演では初演の形に近い濃厚で猥雑な台本作りと演出を取り入れている。
 

アウェイ?ドキドキしながら創り続けるための場所

 現代の渋谷から、劇場の中で繰り広げられる江戸へ。そこで歌舞伎の持つ破壊的なパワーを感じとった箭内道彦さんは、翌月、ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホールを訪れました。渋谷よりもさらに強いアウェイ感、そして“言葉がはまらない感覚”を確かめるために。演目は『隅田川続俤(※注2)』。

箭内「思ったより現地の人が多いですね。さっき隣の席の人に歌舞伎について聞かれちゃいましたよ」

 この日の前日、中村座の芝居はニューヨークタイムズの芸術欄で大絶賛されました。前回の『夏祭浪花鑑』とは違いニューヨーカーでも理解できるコメディを選んだことについて、終演後、箭内さんと話をした中村勘三郎さんは「失敗するかもしれないと思った。でも今の歳ならまだ失敗できるとも思ったから挑戦した」と語りました。

箭内「もし自分が今ここで挑戦するとしたらどうしただろうと考えたんですけど・・・。今の自分ならきっと、ニューヨークに無理矢理勝ちに行こうとしたと思う。でも今回の歌舞伎は、ギリギリまで追い込みながらも余裕があるなって感じました」

富樫「それはどんな感覚?」

箭内「追い詰めて、追い詰めて、ギリギリのところから新しいものが生まれるのを知っているし、その瞬間をドキドキしながら楽しんでますよね」

富樫「ポジティブなマゾ感覚」

箭内「ドキドキっていう言葉に尽きると思うんですよね。生きることもクリエイティブも。今日出ていた役者さんたちは勘三郎さんはもちろん、キャリアや経験もあって、ギリギリへの行き方をすごく知っているんじゃないかと思う」

富樫「だから、すごいものを受け取っちゃうんでしょうね」

箭内「演っている人が誰よりもドキドキしているすごさに観ている人は圧倒されるんですよ。観ているほうを上回っていると、ビックリするし、そのドキドキが伝染するんです。ドキドキを上げるひとつのスイッチがアウェイ度数なのかもしれない」

 ニューヨーク公演の歌舞伎は「日本の芸能を外国で上演する」という枠を超えていた。「古典」とか「伝統」という枠じゃなく、いま、目の前でリアルタイムに生まれるクリエイティブ。そこに箭内さんは余裕を感じたと言います。

 クリエイティブは生き様を映す鏡。創る側と観る側が、結末の見えないものに向かってドキドキしながら走っていく。劇場で生き様の一部分を重ねるからこそ、解放と快感に包まれる。
 箭内道彦さんとの感劇道を通して、どう生きるべきか、そんな大きなテーマに想いを馳せました。

 

プロフィール

箭内道彦

1964年福島県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、博報堂に入社。2003年に独立し「風とロック」を設立。2005年4月『月刊風とロック』(定価0円)創刊。次々と話題の広告を手がける傍ら、裏原宿でファッションブランドを展開し、「風とロックFES」を毎年開催するなど、様々な分野に活動の場を広げている。主な仕事に、タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」、資生堂「uno」、森永製菓「ハイチュウ」、フジテレビジョン「きっかけは、フジテレビ」、富士フイルム「PHOTO IS」などがある。

箭内道彦
 

富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

「世界一受けたい授業」「世界ふしぎ発見!」「世界遺産」などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

富樫佳織

富樫佳織の感客道

バックナンバー