歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※2)要助 鯉魚の一軸を失ったため、家を相続することができない吉田家の若殿、吉田宿位之助松若(よしだとのいのすけまつわか)。要助と名乗って手代として奉公するうち、主人の娘・お組と恋仲になるが、実は親が決めた許嫁野分姫がいて…。

 

ぼんやりと共感できる悪の必要性

 人は心でちょっと悪いことを想像したり、芝居やお笑いでその気持ちを発散させる。ところが最近のニュースを見ていると、日本人の心の軸が変わってきていると思えてなりません。

富樫 「人は本来、善と悪が同居しているんだけど、今の社会ってそれを隠そう隠そうとしているところがありますよね」

ダンカン 「そうそう。今の世の中の人はすごくずるくなっちゃってね、なんでこんなずるい人ばっかり集まっちゃったのかと思いますよ。例えば『いじめ』。いじめる子といじめられる子がいて、さらに見て見ぬふりする子がいる。大人に聞けば『見て見ぬふりをするのはいじめるのと同じだ』と当然言うんだろうけど、世の中、そんな人ばっかりになっちゃってるよね。大人でさえも」

富樫  「『法界坊』を観て衝撃的なのは、いっぱい人が出てくるけど、みんなどこか悪いところを露呈していますよね。要助(※2)だって一見いい人に見えるけど、許嫁が出てきてからもずるずるお組から離れられないし」

ダンカン 「そうですよね」

富樫  「番頭さんは立場をわきまえずに主人家の娘のお組に無理に迫るし、さらに要助に偽金をつかませて!」

ダンカン 「でもね、僕がこどもの頃の昭和40年代はまだ悪い大人もいっぱいいましたよ。朝から酒飲んでるオヤジとかね。それは一般常識として悪いんだけど、ある意味正しい悪なんだよね。『俺が自分の金で飲んでるんだ』っていうはっきりした悪さ」

 ダンカンさんは11年前、劇団『サギまがい』を旗揚げし、主宰として脚本・演出を手がけています。11月に行なわれた公演『YOU』では、子供の前で無神経にお互いを罵倒しあう夫婦、身寄りのない老人が病院で虚勢を張り、まわりに迷惑をかける姿といった社会の断片をテーマにしたオムニバスが上演されました。物語には、善意の人たちがボタンの掛け違いでトラブルを引き起こしてしまう切なさが描かれていました。

ダンカン 「人間というのは、細いロープのようなものの上を歩きながら生きているようなものなんじゃないかなと思うんです。ちょっと一方に振れれば善になるし、反対側に傾けば悪にもなる。そうやってみんな人生やってるんですよ。みんな自分が意識していなくても、自分の中に善と悪が同居しているのを感じているんじゃないですかね。だから悪人を面白く感じたり、惹き付けられたりするんじゃないかなあ」

富樫 「逆に最近は、無差別殺人など全く理解できない事件が増えていますよね。ある意味、芝居を超えてる」

ダンカン 「不思議なんですよね現代(いま)って。『人を殺しました』という事件が起きても動機がはっきりしていれば、まあいいかってなるでしょ。無差別はダメだけど動機が分かればいいやって、それは麻痺していますよね」

富樫佳織の感客道

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