歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

自分の中に流れる「日本人らしさ」と出会う


 時は江戸・寛文年間。仙台藩の伊達綱宗は酒色に溺れ、わずか二歳の亀千代に家督を相続させた。伊達政宗の血筋を引く名家の大スキャンダル。この事件は世間に衝撃を与え、狂言作家たちがこぞって芝居に仕立て上げた作品のひとつが今回拝見した『伽羅先代萩』です。この大作を、石川さんと観るのは楽しみであり、緊張もしていました。が…

石川 「実は、歌舞伎を観るのは今回が初めてなんです」

富樫 「え!」

石川 「意外でしょ(笑)」

 そこで石川さんにはあえて解説なし、ぶっつけで舞台を観ていただきました。まずは話の発端である『鎌倉花水橋の場』から『竹の間』まで。花水橋では高貴な魅力を存分に魅せる二枚目役者、竹の間では人気の女方が揃う迫力。歌舞伎味が凝縮された舞台です。

石川 「まず感じたのは圧倒的な美しさですね。衣裳や大道具ひとつひとつとっても、工芸品のようで観ているだけで楽しめる。よくできているなと思ったのは、ひとつの芝居の中に無数の楽しみ方を見つけられるようになっているところです」

富樫 「誰が観ても楽しめる要素でしょうか?」

石川 「そうですね。芝居に感情移入する楽しみ方はもちろん、衣裳や装置を眺めているだけで幸せな気持ちで時が流れるかもしれない。好きな役者さんを生で観てワクワクしたい人もいるかもしれません。楽しみ方が観客ひとりひとりにゆだねられている、とても自由なものなんですね」

富樫 「古典芸能を観るんだ!と自分自身が構えてしまうと、その自由度が制限されてもったいないなと個人的に思うんです。そこで石川さんに聞きたいのですが…歌舞伎を観る感覚って、旅に似ているのでは?と」

石川 「旅ですか」

 知らない場所に旅をする時・・・。ガイドブックを読み込んでしまうと、本物を目にしても「写真に載っていたのと同じ」と感じてしまうことがあります。しかし予想もしなかったものに目を奪われ、感動する自由さも旅にはあります。

石川 「日常生活にない面白さに出会うという点は、共通しているかもしれませんね。そして旅も芝居も、楽しみ方はその人それぞれにあります。現地のことを一生懸命調べて新しいことに出会う楽しみ方もあれば、何も知らずに行って感覚的に楽しむ旅もある。歌舞伎もそれと同じで、調べて知っていくほど深まる楽しさと、そこまで知識を入れなくても劇場で雰囲気にひたる楽しさの両方があると思いました」

富樫 「身構えずに観ていただいて、いかがでしたか?」

石川 「台詞や筋はきちんと分かるものですね。それに、役者の表情が細かいところまで見えなくても感情が伝わってくる。これが歌舞伎の“型”というものかと。長い時間をかけて練り上げられた動きに、日本人の精神性が凝縮されているのだと感じました」

 芝居、旅、食事。誰の人生にも豊かさや楽しみが散りばめられている。

 石川次郎さんが手がける雑誌や番組に触れると、その楽しみ方は自分自身にゆだねられていると感じます。例えば旅先で目にした異国の風景をお気に入りのカメラで切り取ってみる・・・時計を選ぶ時に内部のメカニックにこだわってみる・・・歌舞伎も、まずは自分がどこに注目するかを体験してみる。すると日常の中に、当たり前をちょっとはみ出た「非日常」が生まれるのです。

富樫佳織の感客道

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