歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎に生き続ける 少年時代の記憶

石川 「僕は今回初めて歌舞伎を観たのですが、『伽羅先代萩』という演目だけはずっと知っていたんです」

 石川さんの中にある歌舞伎の印象。それは戦後まもない頃、きれいな着物に身を包んで嬉しそうに歌舞伎座に出かけた母親の面影だと言います。

石川 「東京といえども戦後の復興で贅沢なんてなかった時代に、おしゃれしてね。子供心に、歌舞伎座って特別な場所なんだなあと感じた記憶が残っているんです。そして劇場から帰ってきた母親が夕食の食卓で話していたのが、政岡の話なんですよ」

富樫 「お母様は『伽羅先代萩』をご覧になったんですね」

石川 「ええ。ですから芝居を観ていたら、50年以上前に母親がこの劇場で同じ芝居を観ていたのかという想いが迫って、なんともいえない気持ちになりました。少年時代と今、変化しながら流れてきた僕の人生の時間がひとつの点で重なったような…」

 筋書にある記録を見ると、戦後まもなく歌舞伎座では昭和27年の2月、28年の6月、12月に「御殿」の場が上演されていました。焼け野原だった銀座に新築された歌舞伎座。そこできらびやかな御殿の場を観るのは、今の私たちからは想像もできない贅沢だったに違いありません。

石川 「記録もちゃんと残っているんですか。そうか、多分このくらいですね」

 ふわりとした記憶が、確かな体験になった時に迫りくる感情の波。「御殿」の場を観た後、石川次郎さんは劇場に流れる空気に記憶のかけらを重ねているように見えました。

石川 「男の子ですから、外から遊んで帰ってくるとすぐに『ハラが減ったー!ご飯まだ?』とせがむじゃないですか。すると母が『男の子でしょう。ハラが減ってもひもじくない!』と、ぴしゃりと言うんです。すると何も言えなくなってね(笑)。それも芝居の台詞なんだろうとなぜか知っていたのですが、実際、舞台を観てみたら『お腹が空いても ひもじゅうない』なんですね。母親が言い方を変えていたんだなというのを50年以上経った今、同じ劇場に座って知るとは、面白いですね」

 時を経て変わらないもの。それは、心の中に生きているもの。
 50年以上前に歌舞伎座でお母様が観た『伽羅先代萩』と、21世紀の現在、石川さんが観た『伽羅先代萩』は違う舞台であっても、母と息子がある日共有したかけがえない記憶によってつながっている。長く上演される芝居の中には、観客の人生の記憶が埋まっている。
 石川次郎さんのお話を通して芝居と人の関わり、深い感客道を見つけた気がしました。

富樫佳織の感客道

バックナンバー