歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※2)『蜘蛛の拍子舞』
天明元年(1781)年に江戸中村座の顔見世狂言『四天王宿直着綿(してんのおとのいのきせわた)』の所作事(舞踊)として初演された。前半に登場する美しい白拍子が、後半女郎蜘蛛の精となる歌舞伎らしいダイナミックな演出が見どころ。

演技の向こうに俳優自身を観る楽しみ

 アダム 「一階席で観ていてよく分かったことなのですが、歌舞伎の俳優には芝居の最中にふと素の俳優自身に戻る瞬間がありますよね」

富樫 「よくご覧になっていますね!演技はもちろん、空気のようなものでも感じたのでしょうか?」

アダム 「表情、空気どちらもです。観ていると、役を演じているところと“型”を決めるところで表現されるパワーがまず違っています。さらにふと、俳優自身に戻る場面では舞台全体の空気が柔らかくなる。観客も力を抜いて楽しんでいるのが面白いですね」

富樫 「そう言われてみると独特の芝居なんですね。歌舞伎にとって重要なのは、とにかく役者です。俳優が演出家としての役割を担いますし、衣裳や大道具も俳優をより際立たせて見せるために作られるところがあります」

アダム 「演出家がいないんですか?」

富樫 「いる場合もありますが、古典の演目はおおむね俳優たちそれぞれの中に演技プランや演出法が入っています。俳優自身を観客が観ている、という話をすると、衣裳の柄ひとつだとか、演出や芝居の趣向の向こう側にも観客は素の俳優の姿を感じているんですよね」

アダム 「二幕目の『蜘蛛の拍子舞』(※2)でも、俳優と観客の独特の関係を感じました。前半、美しい赤い着物で踊っていた女方が引っ込んで蜘蛛の精に早替りする間、巨大な蜘蛛がパフォーマンスを繰り広げましたよね?」

富樫 「エイリアンみたいでしたね」

アダム 「俳優が蜘蛛の中に入って演技をしているのを観客は約束事として受け止めている。あの時間、観ている側はいろいろなことを消化するんですよね。この後、美しい女性が早替りして出て来るであろうことや、その間衣裳や化粧を整えていることとか。西洋のエンターテイメントはそういった“間”をつくらないように演出を考えると思います。とても興味深いです」

富樫 「俳優そのものを観客が観るという意味では今回、歌舞伎俳優の息子さんの初お目見得の口上もありましたね」

アダム 「とても素晴らしかった。新しく俳優となる子供の門出を祝って、ベテランの俳優たちが観客に“よろしくお願いします”と口上を述べる姿に、まさに歌舞伎が芸を継承していくものだという意志を感じました」

富樫佳織の感客道

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