歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※)『仮名手本忠臣蔵』
1748年8月に大坂竹本座で人形浄瑠璃として初演。後に歌舞伎で上演され人気狂言となった。物語は1701年に浅野内匠頭が江戸城中で吉良上野介へ刃傷に及び切腹。主の無念を晴らすため家臣の赤穂浪士が吉良を討った事件を元にしている。

時間を纏った、類い稀なる建築

 「歌舞伎座が新しくなると聞いていたので」とKIKIさんがまず取り出したのは愛用のカメラ。雑誌のエッセイなどで日々の出来事を写真とともに披露する機会の多いKIKIさん。そのカメラの中に、ヨーロッパや国内の風景とともに、歌舞伎座の姿も加わりました。 拝見したのは『仮名手本忠臣蔵』(※)通し狂言です。歌舞伎の最高傑作のひとつに数えられる大河劇は、映画化、ドラマ化もされ日本人なら誰でもなんとなく知っているストーリーです。

KIKI 「歌舞伎で、しかも通しで見るのは初めてなので楽しみです。実は私の実家が泉岳寺の近くで、親の田舎が兵庫県の相生、赤穂の隣の市なんです。忠臣蔵に縁があるんですよ」

 浄瑠璃から歌舞伎に移された作品を象徴する儀式性の強い「大序」では、まず口上人形が配役を述べ、独特の鳴りものに合せてゆっくりと幕が開きます。紅葉した銀杏の大樹に飾られた鶴ヶ岡八幡宮。続く「足利館松の間刃傷の場」「扇ヶ谷塩冶判官切腹の場」と、芝居は眼の前で時間がリアルタイムに展開するように流れていきます。

KIKI 「ドラマなど映像化されている作品よりも歌舞伎のほうが、登場人物の心情が細かく理解できた気がしました。お芝居ではあるけれど、まるで彼らが生きている空間そのものを同時体験しているような気分になりますね」

富樫 「そう思わせるのは一体何なんでしょうね」

KIKI 「ある一定の時間にはめて物語を完結させようとしていない余裕なのかもしれません。映画やテレビ番組は作品の時間がある程度制約されますが、今日観た歌舞伎はその制約よりも物語の流れが優先されている気がしました」

富樫 「歌舞伎座が持つ独特の空気も大きいですよね。松の間の大道具と劇場が一続きになっている感じも、芝居にすぐ入り込めるスイッチになっていますよね」

KIKI 「特に一階席は舞台と花道に囲まれて没入感がありますから、自分がその場に一緒にいるような気になるのだと思います」

富樫 「KIKIさんは建築やデザインについてエッセイをお書きになっていますが、歌舞伎座に流れる空気をどう感じましたか?」

KIKI 「長い時間の蓄積が作り上げた特殊なものですよね。最近、個人的に、建築そのものは時間を表現することはできないんじゃないかと考えることがあります。できた時点で完結するもので、例えば工芸や道具のように使い込まれて変容していくのは難しいのではないかと」

富樫 「でも歌舞伎座には確実に“時を重ねた感”がありますよね」

KIKI 「劇場というのは毎日のように俳優とお客さんが生の交流をする場ですよね。今日も絶妙なタイミングで掛け声がかかったり、思い思いのところで拍手をするライブ感がありましたけれど、そういうものが積み重なって歌舞伎座の空気が出来上がっているのではないかと思いました」

 たくさんの人のエネルギーが生き続ける建築。歌舞伎座と似た空気を持つ建築はあるのでしょうか。

KIKI 「パリのマレ地区に『冬のサーカス』という劇場があるのですが、そこを訪れた時のことを思い出しました。演じ手と観客が一体になって盛り上がる感じや、ザワザワした感じが」

 「冬のサーカス」は1852年、時のフランス皇帝ナポレオン3世が建てた円形劇場です。今も19世紀から興行を続ける一家により、冬の間だけ公演が行なわれています。

KIKI 「新しい劇場になって、今の空気が同じように流れていたらすごい!と思います。新しい劇場が建つの、楽しみです」?

富樫佳織の感客道

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