歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



演技の中にある『機能美』

 四段目「塩冶判官切腹の場」は、御家断絶に追い込まれた判官が自ら命を絶つ場面です。舞台は家臣たちに討ち入りの決意をさせる無念の情を、美しい「様式性」で紡いでゆきます。

 判官の切腹。白装束に重ねた裃をゆっくりと肩から外して膝の前で重ね、それを足の下に畳み込む一連の動作は詩的でさえあります。

富樫 「裃を外す所作がとても美しかったですね。死にゆく人が身なりを整えるという一連の動きから、品の良さや美しい生き様が分かるのはすごい」

KIKI 「私もあの所作にはハッとしました。裃を外して、裾をクロスさせ膝の下に挟み込みましたよね。イヤホンガイドを聞いていたら、絶命した時に乱れないようにするためで、その型も演じる人によっていろいろあるのだそうです。俳優さんそれぞれの美意識が集約される場面なのだと分かって興味深さが増しました」

富樫 「当たり前のことかもしれませんが、脚本には書かれていない所作のひとつひとつにも意味があるということが『仮名手本忠臣蔵』を観ていると伝わってきますよね」


KIKI 「あの美しい動作は『機能美』ですよね。建築や美術の世界では『機能美』というものが大きな価値として語られますが、今日の芝居を観て演技にも機能美があるんだ!と驚いてしまいました」

 機能美とは、機能性を優先して創られた造形物に結果として派生する美しさ、ないしは機能性を活用したデザイン表現です。KIKIさんが個人的に好きな機能美を持つ建築の代表として上げてくれたのは丹下健三氏が設計した東京の代々木体育館です。
 代々木体育館は建物の中に柱を作らず広い空間を作るため、2本の巨大な鉄柱で吊り橋のような構造を作って屋根を吊り下げています。その機能性を求めた構造の結果として、ドレープを描く布のような美しいラインが完成しました。

KIKI 「機能があるということは、そこに意味があるということです。ですから建物でも道具でも、そのものが持つ“意味”に沿ったものを作ることで動きの美しさが生まれるのだと思います。判官の切腹は“美しく果てる”という目的のための所作が、その人物の品性や生き方の美しさまでを表していて、まさに“機能美”だと思ったんです」

富樫 「なるほど」

KIKI 「私も演技の仕事をしますが、今は役柄を演じることで精一杯なんです。今日のお芝居を観て、演技の中にある美しさということを改めて考えさせられました。動きのひとつひとつ、言葉のひとつひとつに意味を持たせることが大切なんですよね」

 歌舞伎は、ひとつの言葉、ひとつの動きを『様式』という型に昇華させた演劇です。様式は、歌舞伎が生きてきた400年という時間の中で名優たちの身体から身体へと受け渡されたもの。KIKIさんが発見した『演技の中の機能美』は、古の日本人の美しい生き方を今に残すもの。だからこそ、人を感動させるのではないでしょうか。

富樫佳織の感客道

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