歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

この瞬間しか見られない美が、舞台にはある

 「あぁ、この雰囲気。いい劇場ですね」 久しぶりに歌舞伎座を訪れたという銀粉蝶さんは、客席に座り自分を包み込む空気を確かめるようにおっしゃいました。

銀粉蝶 「世界を見渡しても、こういった空気のある劇場はめったにないですよ。演じるほうも観るほうも、本当に芝居が好きで来ているんだ!というエネルギーが長い時間をかけて溜まっている感じがします」

 まず拝見したのは昭和43年に波乃久里子さんが六代目猿若明石を襲名した際に初演された舞踊劇「爪王」です。吹雪という名の角鷹(くまたか)を訓練する鷹匠のもとへ庄屋がやってきて、村で悪さをする狐の退治を頼むことから物語は始まります。大きな翼を広げ悠々と空を舞う鷹、その鷹と凄まじく闘う狐の様が中村勘太郎さん、中村七之助さんふたりの凛とした美しさで表現されます。

銀粉蝶 「とても美しい一幕でした。勘太郎さん、七之助さんおふたりの集中力にぐいぐいと引き込まれました。「時分の花」などと言いますが、今、このときの美しさ、凄みをこの眼で観られて感動しました」

富樫 「歌舞伎にはまさに、“凄み”としか表現できない圧倒的な瞬間がありますよね。私は歌舞伎を観ていると、土方巽さんの舞踏をフィルムで観た時の感覚を思い出すことがあるのですが…」

銀粉蝶 「美の、ある高みに到達した方は同じような空気を皆まとうのでしょうね。どんなジャンルであれ、それは観るものを圧倒する強い力なんですよ」

 銀粉蝶さんは、若き日に歌舞伎を観た時の衝撃をお話しくださいました。

銀粉蝶 「私が初めて観た歌舞伎は、六代目中村歌右衛門さんの舞台でした。初めてで分かるかな、難しかったらどうしよう、などと少し心配していたのですが、幕が開き歌右衛門さんが登場した瞬間に舞台にそれまで体験したことのない空気を感じて…息を飲み込んだことが忘れられません」

富樫 「その空気は映像で同じものを観ても伝わらない、生の感覚ですよね」

銀粉蝶 「俳優の凄みや張りつめた美しさというのは客席で同じ空気を共有するからこそ迫ってくるものなんでしょうね。今日、歌舞伎座の客席に座って、舞台に宿るエネルギーをひしひしと感じました」

富樫佳織の感客道

バックナンバー