歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

役者の生き方が作り上げる芝居

富樫 「歌舞伎には演出家が存在せず、主演の俳優が演出の役割を兼ねたと言われています。俳優としてそういった舞台作りをどう思われますか?」

銀粉蝶 「決定権を持つ俳優がひとりならば、それはとても自然でいいもの作りができると思います。実は私が所属していた劇団でかつて、演出家を決めず団員全員が演出をしようという試みがあったのですが、それは上手くいきませんでした」


富樫 「(笑)一体それは?」

銀粉蝶 「70年代のことです。世の中のシステムに全て反抗してみよう!という実験的な試みが盛んな時代でしたから、演出家というあらかじめ決められた役割をやめてみたんです」

富樫 「意見がかなり割れるでしょうねえ…」

銀粉蝶 「割れましたよ(笑)。歌舞伎を観ていると、俳優ひとりひとりに芝居にどう自分が関わるかという暗黙の了解がありますよね。“あ・うん”の呼吸で芝居がどんどんできていく楽しさや高揚感が伝わってきます。ですからそれぞれの俳優が演出的な視点も持てた時によいものができるのではないでしょうか」

富樫 「皆さん、幼い頃から芝居をしていますから努力はもちろん、生活している中で息が入っていくのでしょうね」

銀粉蝶 「歌舞伎の俳優さんはとにかく長い期間、舞台に出ていられるのがうらやましい!ひとつの興行でほぼひと月、役がつけば1年中出ていることも可能なわけですよね。芝居というのは人前で演じることでどんどんよくなるし、どんどん変わっていくと思うんです。自分で掴んだものを表現する面白さ、ちょっと変えてみる余裕の生まれる環境というのは素晴らしいと思います」

富樫 「生まれた家が役者の家、という運命についてはどのように思われますか?」

銀粉蝶 「とても大きな責任と覚悟があると思います。ある程度の年齢で“役者になるかならないか”を選んだ私たちとは違います。役者になるべくして生まれた訳で、だからこそ歌舞伎の舞台にはえもしれない凄みが溢れているのではないでしょうか」

 舞台を見つめながら感じることは、観客の数だけあると思います。役者さんを観る楽しみ、華麗な衣裳を観る楽しみ、劇場の空気を味わう楽しみ。そして、舞台を観て私たちが心揺さぶられるもの。それは、厳しい舞台を勤める生き方を選択した俳優の“覚悟”を見るからなのだ。銀粉蝶さんの言葉に、観客として襟を正す気持ちになりました。

富樫佳織の感客道

バックナンバー