歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



   

日本人として生きる心を劇場で確認する

 伊藤正宏さんは現在、日本の奥深い文化や伝統の素晴らしさを再発掘するテレビ番組『和風総本家』を手がけています。バラエティー番組の作家として最先端を走り続けてきた伊藤さんにとって“和の世界”はどう映るのでしょう?

伊藤「生まれが大阪なので小さい頃から京都によく連れていってもらって、そこには自分の好きな仏像があったり(笑)。日本文化と縁がないわけではないんですよ。ただ年齢を重ねたせいか特に今は、日本というものに原点を感じることが多いです」

富樫「例えば?」

伊藤「番組で伝統工芸をずっとやっている職人さんを紹介したりすると、彼らは驚くぐらい細かい仕事を淡々とこなすんです。それこそ艶を出すために数万回磨き続けるとか」

富樫「本当、こだわりの世界ですよね」

伊藤「もしかしたらしなくてもいいかもしれないんですよ、それは。千回でも、数万回でも売れる値段は同じかもしれないし。でも彼らは『数万回磨いたほうがいいものができる』って言うんですよね。手間やお金じゃなく“いいもの”を作れたかどうかが大事。誇りがあるんですよ」

富樫「なんか…自分の生活を振り返っちゃいますよねぇ…」

伊藤「本当にそう。不景気だからやる気をなくすとか、将来が見えなくて事件を起こしてしまうなんてことは職人の世界にはないと思うんですよね。彼らは淡々と“いいもの”を作ることに人生の価値を見い出していてカッコいい」

富樫「歌舞伎はまさに職人さんの仕事づくしですよね?」

伊藤「観ていて感じました。いいものを作るためには労力を惜しまないし、とことん追求しているんですよね。だからこそ常に新しいもの、エネルギーを生み出し続けることができるんでしょうね」

富樫「お話を伺っていると、歌舞伎は伝統的な職人さんの世界なのに、なぜか現代のテレビにも通じるようなパワーやバラエティさを持っています。なぜでしょう?」

伊藤「やっぱりね、人を楽しませるためのエンターテイメントなものは、どんどんポップになっていくんですよ。逆に、どんなにバカバカしい設定でも、それをとことんつきつめると、ちゃんと人の心を打つ作品になる」

富樫「今日観た『らくだ』って芝居も、かなり奇抜な設定ですよね。死んでしまった仲間やその友達はすごく貧乏だけど楽しそうだし、死体を踊らせようしたりとトンでる設定で大笑いできるのに、人間ドラマとしても味わい深い!」

伊藤「冷静に考えたらすごい話だけど、みんな劇場で大笑いしてスッキリして日常に戻っていけるように、下らないことをとことんやりきってる。そこが凄いと思います!職人さんにしても、歌舞伎にしてもね、日本の伝統的な生活や文化の中に、普段僕たちが悩んでることの全ての答えがあるなと最近思うんですよ。『とにかく、とことんやれ』と。僕もそういう創り手でありたいと思います」

 歌舞伎には人を殺したり、ものを盗んだりといったことが物語の軸になる作品が数多くあります。それでも観る人たちが嫌な感情を抱かないのはベースに、事件を起こさなければならない「正しい人の情」が描かれているからです。400年続く芝居が現代でも多くの人の心に響くのは、日本に生きる希望でもあると伊藤さんとの観劇を通して考えました。

 

プロフィール

伊藤正宏

 1963年生まれ。放送作家・脚本家。早稲田大学在学中から劇団「第三舞台」に所属。俳優として後にミュージカル化される『天使は瞳を閉じて』などの作品に出演。

 93年に劇団を退団してからは放送作家として『料理の鉄人』『クイズ$ミリオネア』『劇的改造!ビフォーアフター』を始め『めちゃ2イケてるッ!』(フジテレビ系列)、『和風総本家』(テレビ大阪全国ネットhttp://www.tv-osaka.co.jp/ip4/wafu/)などを手がける。

 

富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

『世界一受けたい授業』『世界ふしぎ発見!』『世界遺産』などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

富樫佳織の感客道

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