歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※1)『近江源氏先陣館 盛綱陣屋』
明和6年(1769年)に大坂竹本座で全九段の時代浄瑠璃として初演され、翌年歌舞伎に移された。作者は複雑な展開を得意とした近松半二。『盛綱陣屋』は原作の八段目で、盛綱は初代中村吉右衛門の屈指の当たり役のひとつ。

(※2) 『プライベートライアン』
1998年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の戦争映画。第二次世界大戦の欧州戦線を舞台とし、連合軍によるノルマンディー上陸作戦の後、主人公のミラー大尉に課せられた危険な任務と8人の部下を失いながらも軍の命令に従う葛藤が描かれる。

 

歌舞伎の中に本当の武士道を見つけたり

パックンが歌舞伎を観るのは今回が5回目。同時解説があることなど基礎情報を知るパックンはイヤホンガイドと筋書を手に準備万端の様子です。

パックン「あれ?イヤホンガイドつけないんですか?」

富樫「私は一応、素で観るということに決めてまして」

パックン「おもしろいのに」

 パックンの勧めにも関わらずイヤホンガイドなしで挑んだ観劇はこの後、予想もしないトホホな結果を招きますが、それは後ほど。

 まず最初の演目は『近江源氏先陣館 盛綱陣屋』(※1)。大坂冬の陣を題材とし鎌倉時代に書き換えたこの物語は、親兄弟で豊臣方と徳川方に分かれた真田信之を実在の武将・佐々木盛綱に重ね描いています。

パックン「時代も文化も今とは全く違うのに、ものすごく感情移入して観てしまいました。おばあちゃんと孫の場面は正直、泣きました」

 盛綱の館には、主君・北條時政が捕虜としていた盛綱の弟・高綱の息子小四郎が預けられています。時政が小四郎を戦局に利用するつもりなのを見抜いた盛綱は、母の微妙を呼び小四郎に切腹するよう諭して欲しいと頼みます。

パックン「微妙を演じていた俳優さんの心情表現が素晴らしくて、自分と自分の子供にどんどん重ねてしまいました。本当、泣けた。小四郎が死ぬ前にママに会いたいと言うところのあどけなさとか…つらいですね」

富樫「理不尽だけど、武士道や戦の論理の中では正しいんでしょうね。パックンは日本の武士道というものをどう見ていますか?」

パックン「日本でも海外でも武士道というのは美化されていてカッコいいと皆思っているけど、今日の芝居のように残酷な面もありますよね。歌舞伎はずっと上演し続けているから、その残酷な面も生々しく残っているんだなと思いました。そういう面が見られてよかったです」

富樫「いいところを見つけるとしたら、息子を人質に戦の流れを変えようとする卑怯な主に反発したり、人が死ぬにしても身内(甥っ子)で最小限に留める、他人に迷惑をかけないのが武士道なのかなと私は感じましたが…」

パックン「確かに。例えば映画の『プライベートライアン』(※2)のように、誰か特別な人のために無名の兵士が20人も30人も死んでしまうのも良くないと思う。それを美化するのもね。そういう意味では本当に勝つべき戦争なら今日の物語はある意味正しいかもしれませんね」

 理不尽な決断の背景に歌舞伎は、「人情」や「正義」「人に迷惑をかけない」という精神を描くからこそ爽やかな後味を残すのかもしれません。

パックン「でもひとつだけね。僕、いつも映画とかでこういう見方をして奥さんに怒られるんだけど…息子が死んだ後の展開はどうなんだろう?」

富樫佳織の感客道

バックナンバー