歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※4)『天衣紛上野初花 河内山』
明治14年(1881年)東京新富座で上演された河竹黙阿弥の作品。主人公の河内山宗俊は文政年間に実在した表坊主で、さまざまな悪事を働いたと伝えられている。巷に伝わる河内山の逸話をもとに、二世松林伯円(しょうりんはくえん)が講談『天保六花撰』を口演。黙阿弥が劇化した。

 

歌舞伎の間に小津安二郎の間を感じたり

 三幕目は河竹黙阿弥作『天衣紛上野初花 河内山』(※4)です。御数寄屋坊主の河内山が金を調達しようとやってきた質見世は取り込んだ様子。聞けば娘が奉公先の主に見初められ断ったところ、館に閉じ込められ帰れなくなってしまったと言います。娘を取り戻し礼金をたっぷりもらおうと目論んだ河内山は奉公先の館を訊ね、娘を返すよう主に説得します。さらに主を相手に詐欺を働こうとするのですが…

パックン「娘を返すよう説得した後、河内山がひとり座敷で時間を過ごす場面はまるで小津安二郎の映画みたいだと思いました」

富樫「例えば?」

パックン「あの間の取り方ですね。河内山は由緒あるお寺からの使僧だと偽って館に入っているからバレたら一巻の終わりじゃないですか。だから早くうまいことやって帰りたい。どんどん気持ちは焦る」

富樫「でもとっても優雅ですよね」

パックン「焦ったら怪しまれてしまうからじっと耐えているんですよね。お香を聞いたり、煙草を吸ったりして。世界中、ほとんどの演劇にはこんな間はないし、もたないと思うんですよ」

富樫「いつ展開するんだろう…と観ているほうがハラハラしてくる間の長さが小津映画に通じると」

パックン「そうなんです。台詞も動きもほとんどない中で時間がもつのは間に意味があるという日本の概念なんですよね。小津監督をはじめあの時代の監督は、ゆっくり時間を描きますよね。想像力をかきたてる」

富樫「映画の話が出ましたが、私は今日パックンと芝居を観ていて、歌舞伎と西部劇は似ているのではないかと思いました」

パックン「似ていますね。ヒーローと悪党が必ずいて、アウトローにはアウトローの道徳があるところとか、武士道ではないけどカウボーイコードっていうのがあるし」

富樫「カウボーイコード!?」

パックン「例え敵でも背後から撃っちゃだめだとか、馬を盗んだやつは死刑とかね…」

富樫「西部劇の設定も現代の生活からかけ離れているけど、アメリカ人はそこに自分のルーツを感じるんですか?」

パックン「時代劇というのはどの国でもそういうものだと思います。そこに生きている人の心やモラルの残響は今の時代にも見えていますよ。だからかけ離れた時代のものを観ても感動したり、悪者が倒された時にカタルシスを感じるんです。シェイクスピアの芝居もそうだし、国が違っても同じようなドラマが描かれ残っているのは面白いですよね」

 パックンはさらに、西部劇と歌舞伎の共通点として「スタイルが大事」であることを指摘してくれました。型こそが物語を構成する源流だけれど、全てを理解するまでには時間がかかるのも同じ。でも、スタイルを理解すればもっと物語の深みが増すと。

 舞台を観ながら筋書にびっしりと書き込みをしていたパックン。新しい発見と出会うためにどこまでも前向きな姿勢を感客道とし、私も見習いたいと思いました。

 

プロフィール

パトリック・ハーラン

 1970年生まれ。相方の吉田眞とお笑いコンビ「パックンマックン」を結成し、コントライブをはじめテレビやラジオで活躍している。『英語でしゃべらナイト』(NHK総合)や『おもいっきりイイ!テレビ』(日本テレビ系列 金曜日レギュラー)など多くのレギュラー番組に出演中。英語教育や国際比較文化にも詳しく、今年から相模女子大学の客員教授を務める。著書に『パックンの英語絵本 トゥースフェアリーの大冒険』(小学館)『パックンの中吊り英作文』(朝日出版社)など。

 

富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

『世界一受けたい授業』『世界ふしぎ発見!』『世界遺産』などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

富樫佳織の感客道

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