歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



時空を超えるための仕掛け

(※1)『仮名手本忠臣蔵』
寛延元年(1748年)に大坂竹本座で人形浄瑠璃の作品として初演。同年中には歌舞伎に移され、翌年に中村座を始めとした江戸三座で競演される大変な評判となった。厳かな鳴物にあわせて幕が開く儀式性の高い「大序」に始まり、時代、世話、舞踊で巧みに構成された不朽の大河物語。

「仮名手本忠臣蔵 大序」三代目歌川豊国画
上演場所:江戸・ 中村座
早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁
cThe TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

それぞれの登場人物の着物に紋が大きくあしらわれている。 坂井さんは「家、というものが大切だった時代を感じさせるデザイン」と 大胆な衣装を読み解いていました。

 

 坂井さんと観劇のために訪れたのは浅草の平成中村座です。江戸時代の芝居小屋の空気を再現した劇場は、観客たちがくつろいだ独特の雰囲気に満ちています。拝見したのは『仮名手本忠臣蔵』(※1)。この10月は普段上演されない場面も含めての通し狂言です。

富樫「二度目の歌舞伎で『忠臣蔵』の通しを観るのはすごく贅沢なことでもあり、逆にチャレンジングかなとも思ったのですが…?」

坂井「『忠臣蔵』は日本人なら筋を知っていますからね、僕はとても楽しく拝見しましたよ。日本人ってなんだろうと思ったりしながらね」

富樫「劇場自体が非日常空間ですよね。日本なんだけど知らない日本…」

坂井「確かに現代の建材を使っているのだけれど、観客が時空を超えて江戸を感じられる仕掛けがそこここに施されていますよね。『中村座』と書かれた劇場真ん中の大きな提灯とか、いいよね。劇場そのものもそうだけど、芝居の演出にも時空を超えるための仕掛けがありますね」

富樫「例えばどんなところですか?」

坂井「最初に観た大序は、とにかく台詞も動きもゆっくりでしょ。今の生活にはない速度が中盤まで続きますよね。でも、あのスローな時間の流れが歌舞伎の世界に入るために必要なのだと思いました」

富樫「歌舞伎っぽい!と思うからでしょうか?」

坂井「それだけじゃなくて、あのゆっくりした台詞まわしや時間の流れに“慣れる”のがすごいんですよ。最初『すごくゆっくりだなあ』と思って観ているけれど、いつの間にかその台詞回しが普通に聞こえて耳にすんなり入ってくるじゃないですか。そのために最初ずっと普段の生活とはちょっと違う時間の流れに身を置くことが必要なんですよ」

富樫「なるほど」

坂井「あと舞台に俳優さんが何人も出ているのに、動いている人とそうでない人が同居しているのも独特ですよね。九段目の『山科閑居の場』で、由良之助に力弥が師直屋敷の雨戸の外し方を見せるところがあったでしょ」

富樫「雨戸の外にある竹に縄をかけて引っぱり、反動でっていう」

坂井「あの場面は舞台に由良之助や戸無瀬、小浪など他の人がいるのに力弥以外はぴくりとも動かない。だから力弥の動きを僕らの眼は自然にクローズアップしていくんですよね。現代劇やミュージカルなら動かない人は舞台から一旦下がるでしょ?」

富樫「確かにそう言われて気づくと、歌舞伎は動かない人がずっと舞台にいますね。最初から最後までほとんど動かない人もいるし」

坂井「常に動いている人は2人か3人。そんな中で時々舞台全体がわっと動くこともあるんですよね。劇中にも、物語の時空を超えるための仕掛けがあるように思いました」

 歌舞伎というと独特の台詞に独特の化粧、派手でケレンの効いたイメージを持ってしまいますが、坂井さんの言う通り、実は舞台全体を見渡すと際立って動いている人物以外はじっと動かず舞台にいます。たとえ筋を知らなくても舞台にどんどん引き込まれるのは、静と動とが同居する効果なのかもしれません。

富樫佳織の感客道

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