歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



「仮名手本忠臣蔵 九段目 山科の隠れ家の図」二代目歌川国貞画
早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁
cThe TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

判官の刃傷事件によって敵同士となった許嫁の力弥と小浪。 自害を覚悟する娘・小浪のため父親の本蔵はわざと力弥に 伐たれる。

 

最後の『日本人』世代として思うこと

坂井「『忠臣蔵』を改めて観て、日本人が根底に持っているものって何なんだろうと考えさせられましたね。義理とか人情とか、大義、忠君の精神というものがあの物語の中には生きているんですよね」

富樫「自分の主君の無念を晴らすために討ち入りの費用を集めるとか、今だったらできるかどうか…」

坂井「僕はね、この物語には江戸時代の日本や社会が観る人たちにある道徳を訴えているように感じたんですよね。だってこの話って、人間関係やその人の行動が網の目のように絡んでいくじゃないですか。一見、悪いことをしたと思ったけど実はそうじゃなかったり、逆にいいことをしたと思ったらそれがとんでもない悪い結果を招いたり。善と悪というのは単純に描くこともできるけど、それがすごく複雑なんですよね」

富樫「実は先日観た時、判官が師直に切り掛かった場面で外国人のお客さんが拍手したんですよ。日本人はストーリーを知っているから絶対拍手しませんよね?だから日本人のお客さんはびっくりしたんです。でも、そうだよなぁ、あれだけ侮辱されて斬りかかったら拍手しちゃうなと思って」

坂井「面白いですね。でも外国人の方が考える結末とは違う方向に流れるんですけどね。僕たちは戦後を生きてきた中で西洋の合理主義を身につけてしまったけど、歌舞伎を観たら『ああ、やっぱり自分は日本人だなあ』と思うところがありますね」

富樫「どんなところで?」

坂井「やっぱり“情”でしょうね。何かを決断する時に何を基準にするかという。以前、国際弁護士の方と話をしていて「倫理観」の基準になるものは何かという話題になったんです。日本人の倫理観を作っているのは“恥ずかしい”という感覚ではないかと。自分が恥ずかしいと思うか思わないかが日本人にとって重要な判断基準になるんですよ。自分の律し方の基本や人が倫理的であるための基準を歌舞伎は教えてくれるのだろうなと芝居を観て考えました」

富樫「判官が師直に斬りかかったところで『よくやった』と複雑ながらも思うのは、組織での処世術は別として人間として、日本人としては自然なんですよね」

坂井「最近のニュースを見ていると日本では以前なら絶対になかった事件が多いですよね。親や子供、社会の中の自分という軸がどんどん変わってきている。僕は昭和22年生まれなのですが、日本人が本来持っている道徳が身体に染みついている最後の世代だと思うんです。それを歌舞伎を観ながら考えました」

富樫「まだあると思いますよ」

坂井「あるのかなあ…」

富樫「師直に腹が立つうちは、人は正しい気がします(笑)」

富樫佳織の感客道

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