歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



“和”の心を暮らしの中で育てる

 続いて観劇したのは1865年に守田座で初演された『雪傾城』。成駒屋に縁の深い舞踊を、人間国宝の中村芝翫が孫たち6人と一同に会し共演する華やかな舞台です。

黛 「お祖父さまとお孫さんの共演が素晴らしかったです。ひとりひとりの所作を、芝翫さんが嬉しそうに、そしてしっかりと眼を配っているお姿に伝統の継承や家族の和を感じました」

富樫 「お正月風景を描いた題材ですから、羽根付きをする所作のところなどは実際に家族でこうして遊んでいるのかなと想像してしまいますね」

黛 「日本人は本来、お正月や雛の節句、端午の節句といった行事の節目節目に家族が会し、結びの和を確認していたのでしょうね。こうした行事が日常のくらしの中からどんどん消えているのは少し悲しい思いもあります」

 俳句は、四季のうつろいを切り取り日々の思いを託した文学。黛さんは俳人としてご活躍しながら、こうした日本の伝統行事や原風景を次の世代に残していこうという「日本再発見塾」の呼びかけ人代表を勤めています。

黛 「『日本再発見塾』は、伝統的な生活を今も残す地域に滞在し、地元の方からお話を伺う中で、 自然と向き合ってきた日本人の暮らし、そこにある幸せを実感しようという試みです。昨年11月は岡山県の新庄村に滞在して村の民家に泊めていただきながら地元の方と交流しました」


 日本の伝統的な生活に触れること、そして大都会で歌舞伎を観る時に、黛さんは暮らしの中に残したい大切な心持ちを見つけると言います。

黛 「“身の丈”で暮らすということの大切さです。村の方たちは田畑を耕し、自分の手で作るものの中で暮らし、そこに幸せを見出します。歌舞伎を観ていてもそうですよね。江戸時代の日本人は自分自身の身の丈を理解して、その中で幸せを感じていました。もっと豊かに、もっと贅沢にということではなく、自分に合った生き方ができれば人は幸せに近づけるんです」

 観劇した最後の演目は『野田版 鼠小僧』。黛さんが現代日本を見つめ危惧している“身の丈”を越えた悲劇を体現するのが、まさにこの芝居の主人公・棺桶屋三太です。 金に目がなく、人のことを信用しない。世間で評判の鼠小僧になりすまし、ヒーローとあがめられながら最後は偽りの評判ゆえに追いつめられてゆく。

黛 「歌舞伎を観ると、かつての日本人はもっと大人だったのだなと感じます。自分の役割を知っていて、責任を負って生きているからこそ、失敗があっても赦される。今の日本は“甘え”の構造。成熟していないのです。日本人が持つ“赦し”の心の深さも、お芝居を拝見していつも感動するところです」

 『野田版 鼠小僧』で、悪人に仕立て上げられた三太は人々の赦しを受けぬまま人生の幕を閉じます。そこに平成の歌舞伎らしさを改めて感じます。芝居が持つ江戸から現代へ脈々と流れる時間、歌舞伎が時代とともに生き続け社会を映している芝居であることを黛さんとの観劇を通して発見しました。

富樫佳織の感客道

プロフィール

黛まどか

俳人。神奈川県生まれ。1994年「B面の夏」50句で第40回角川俳句賞奨励賞受賞。2002年には『京都の恋』で第2回山本健吉文学賞受賞。「日本再発見塾」呼びかけ人代表。主な著書に『B面の夏』(角川書店)、『花ごろも』 (PHP研究所)、『季語のにおう街』(朝日新聞社)など。近刊に『文豪、偉人の「愛」をたどる旅』(集英社)、1999年に北スペイン・サンチャゴ巡礼道およそ800キロを徒歩で踏破し詠んだ句を収録した『星の旅人』(角川文庫)がある。 昨年は新作オペラ『万葉集』の台本執筆など、幅広いジャンルで活躍している。
黛まどかさん公式サイト⇒http://www.madoka575.co.jp/

 
 
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富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

『世界一受けたい授業』『世界ふしぎ発見!』『世界遺産』などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

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