歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

役を生きる、という仕事

銀粉蝶 「実は私自身、役者として生きていこう!自分は芝居をやっていく、ということを受け入れたのは2〜3年前のことなんですよ」

富樫 「え!」

銀粉蝶 「自分は本当に役者が向いているのか、仕事をしながらずっと悩み続けていたんです。それでも芝居をずっと続けてきて、ああ、これでいくしかないんだなと思えたのがつい最近。芝居仲間には『改めて何を言ってるんだよ!』って言われましたけど(笑)」

 この日の観劇で最後の幕は、森鴎外の小説を原作とした新作歌舞伎『ぢいさんばあさん』です。江戸の番町に住む仲睦まじい侍の美濃部伊織と妻・るんの物語。伊織が単身で京都の二条城に勤めることとなった、出発前日の若々しい夫婦の姿が描かれる第一幕に続き、伊織が誤って人を殺めてしまう悲劇の第二幕、そして殺人の罪を許され37年ぶりに江戸に戻り、二人が再会するまでの長い歳月と想いを描いた名作です。

 美濃部伊織を演じるのは片岡仁左衛門さん、妻のるんを演じるのは坂東玉三郎さん。37年後を演じる三幕目ですっかり老いた姿で登場するふたりの姿に、夫婦の過酷な運命と年月の無常さが浮かび上がります。

銀粉蝶 「この芝居でまさに、私は演じる者の覚悟を観た思いがします。老いた姿で再会した夫婦は以前と同じ屋敷で、同じ場所に座っているけれど失ったものはあまりにも大きい。その残酷さを肉体を通して表現することも、ひとつの覚悟だと」

 坂東玉三郎さん演じる妻のるんが白髪になった姿を見せた時、客席からは「あっ」という声が漏れます。そして庭先から座敷へと上がる時、老いた身体でバランスが上手くとれず“どんっ”と足をつく場面で多くの人が息をのみます。

富樫 「老女の動きとして私たちが常日頃観ていることを、舞台で、思いがけない瞬間に見せられることで『時間を取り戻すことはできないのだ』というやりきれない想いがかきたてられますね」

銀粉蝶 「役になる、役を生きる。そして俳優として芝居をする極みを、私は改めて思い知らされました」

 観劇をする中で銀粉蝶さんは「あらゆる演劇の中で、今、歌舞伎には、役者を観る楽しみが一番あるのではないか」とおっしゃいました。
くり返し演じる役を、役者がいかに生きるのか。その姿からは覚悟や、人生を生きる楽しみ、苦しさ、全てが放出されて芸となり、観るものを圧倒します。
 400年続く歌舞伎を、私たちが常に新しい気持ちで観られること。それは同じ時代を生きる役者の感情と人生に共振するからに他ならないのです。

富樫佳織の感客道

プロフィール

銀粉蝶

女優。1981年、演出家・生田萬とともに劇団『ブリキの自発団』を創立。同劇団の主演女優として活躍し“最後のアングラ女優”の異名を持つ。代表作に映画 『GO』(2001年)、『Tokyo Tower』、TVドラマ 『タイガー&ドラゴン』(2005年)、『佐々木家の仁義なき戦い』(2008年)、舞台 『三文オペラ』(2007年)、『リア王』(2008年)、『リチャード三世』(2009年)、『コースト・オブ・ユートピア』(2009年)、他出演作多数。

4月2日(金)より世田谷パブリックシアターで上演される永井愛作・演出『かたりの椅子』。6月10日からはNODA・MAPの新作『ザ・キャラクター』(作・演出/野田秀樹)、11月には新国立劇場でのテネシー・ウィリアム作『やけたトタン屋根の上の猫』に出演が決まっている。

 
 
富樫佳織の感客道

富樫佳織

放送作家。NHKで歌舞伎中継などの番組ディレクターを経て、放送作家に。

『世界一受けたい授業』『世界ふしぎ発見!』『世界遺産』などを手がける。中村勘三郎襲名を追ったドキュメンタリーの構成など、歌舞伎に関する番組も多数担当。

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