歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



『伽羅先代萩』(※1)
奥州伊達藩の跡取り騒動を下敷きにした典型的な御家騒動もの。「竹の間」は若君暗殺を目論む八汐の悪事が、乳人政岡との丁々発止のやり取りで暴かれる場面がみどころ。
『裏表先代萩』(※2)
現行の台本は1886年に河竹黙阿弥が加筆した『梅照葉錦伊達織』に拠るもの。『伽羅先代萩』を表、裏に下男・小助の医師大場道益殺しのドラマを描き、交互に物語を展開させる趣向の作品。
実際起こった医者殺し(※3)
江戸時代後期の随筆『文化秘筆』の中に医師を殺害した下手人が殺害現場に落とした雪駄がもとで御縄になった事件が記されており、大場道益殺しのストーリーの元となったと考えられている。
 

観客のプロになるのは難しい!

 1階のロビーから、客席に入った串田さん。観客でいっぱいの劇場に満面の笑みが浮かびました。ご覧頂いたのは時代物の名作『伽羅先代萩』(※1)に、世話物のストーリーを加筆し「表」と「裏」として交互に展開させる『裏表先代萩』(※2)です。
 幕開きを告げる析が小気味よい音を響かせると、串田さんは眼鏡をかけかえ、やや前のめりに姿勢を変えました。臨戦態勢、といった感じ。

串田「でもねえ、僕はやっぱり観る専門家じゃないんですよ(笑)」

富樫「いえいえ。幕が開いてすぐから、舞台を熱心に観ていらっしゃいましたが…まずは大道具を?」

串田「そう。まずは大道具を観てね。で、今日だと屋敷は白木のセットだけど、井戸だけ異常に古いな、なんでだろうと思ったりしてね(笑)。きっと担当の人が違って分業なんだろうな、なんて思うわけ(笑)」

富樫「なるほど…。芝居が始まってからも独自のタイミングで笑ってましたが?」

串田「例えばね、最後に問注所の場面があったでしょ。そこの役人の芝居をずっと観ていたら、いろんなことを想像しちゃって」

 『裏表先代萩』は、仙台伊達藩の御家騒動をモチーフとした武家物語を「表」、江戸時代に実際起こった医者殺し(※3)を下敷きにした世話物を「裏」として同時期に繰り広げられる御殿と庶民の邸宅での出来事が交互に描かれます。大詰めは、医師を殺害した下男・小助と疑いをかけられた下女・お竹が吟味を受ける場面。実はお竹は無罪なのですが、殺害現場に残された下駄と、彼女が借金を頼むために認めた手紙の切れ端が、医者殺しの動かぬ証拠と激しく追いつめられます。

串田「お竹の側についている役人がずっと無表情で動かないんだよね。そういう役柄の人を演じているのか、それとも歌舞伎の作法としてそうやっているのか気になって(笑)。あんなショッキングなこと言われたら、普通女のほう観るだろう!とか」

富樫「(笑)ずっとそういうことを考えて観ていらっしゃるんですか?」

串田「そんなことないですよ(笑)。役者の芝居にはっと惹き込まれるし、いい台詞だなと聞いている時もある。けどやっぱり、『自分がやるとしたらどうしよう』とか『今日の芝居なら、どこカットしたんだろう?もしかしてカットしたところに大事なことがあるんじゃないか』とかね。台本貸してみて!読み直したい!とか思っちゃう。やっぱり観る専門家じゃないね(笑)」

 解らないことがあると気になってしかたないとおっしゃる串田さんが歌舞伎を初めて演出したのは今から13年前。本水の中で役者が派手に水しぶきをあげる大立ち回りのインパクトは、観客に衝撃を与えるとともに熱狂的な支持を受けました。
 以来、今年で演出した歌舞伎公演は16本を数えます。

富樫佳織の感客道

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