歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



   

400年前の日本に現在(いま)の日本を見る

 二本目は新作の『信濃路紅葉鬼揃』。能の『紅葉狩』を題材とした新作の舞踊は、坂東玉三郎さんと市川海老蔵さんの共演です。その華麗な舞姿、松羽目物らしい様式美に客席からはため息が。主役の存在と美しさを際立たせる歌舞伎の手法を観ていると、先ほど知った歌舞伎に韓流を重ねるという発見と相まって「海老蔵かっこいい!」とミーハー気分になってしまいます。

久保「私も『玉三郎さんと海老蔵さん、美しい!』って見とれちゃいました。放たれる存在感が圧倒的!」

 最後の演目は明治18年に初演された河竹黙阿弥作『水天宮利生深川』。主人公は中村勘三郎さん演じる船津幸兵衛。明治維新で没落武士となり、内職で筆を作って細々と暮らしています。妻に先立たれ、三人の子供との生活は苦しく、高利貸しから借りた借金は雪だるまのように増えていくばかり。ついには一家心中を決意して─

富樫「切ない!あの話は切なすぎる!だって働けば働くほど貧乏になっていくって、主人公は現代でいうワーキングプアですよね?」

久保「格差社会ってよく言われますけど、あの時代もそうだったんですね。しかも一番弱いところにしわ寄せがきているのは今も昔も同じ。女性とか、何の罪もない子供が痛めつけられて…。歌舞伎で描かれる世界は現代社会につながってますよね。時代が変わっても人間の本質は変わらないのかと感じたし、人間の性は哀しいですね…」

富樫「演目には、狂言作者が実際に起きた事件を下敷きにして2〜3日で脚本を書き上げ上演したものもあるそうです。ニュース性のあるリアルな話というか、私個人はテレビのワイドショーやニュースに近いものなんじゃないかなと思っているんですけど」

久保「確かにそういう面もあるかもしれませんが、歌舞伎はお客様が自ら劇場に足を運んで観るものですよね。テレビはそうでなく、何気なくスイッチを入れたらお茶の間で観られるもの。そこは違うと思います。偶然観てしまう怖さがテレビにはあります。だからこそ伝える内容に気をつけなければと、私は心に言い聞かせています」

富樫「単に衝撃的な事件を伝えるのではなく、その背景に親を殺しちゃいけない、子供を殺しちゃいけないという道徳心が日本人にはある。だから歌舞伎は人を殺すという題材を描くことができたのかもしれませんね…」

久保「ただ今日のお芝居もそうですが、格差が広がって悪循環に陥っていく人がいるような問題は、私たち庶民レベルでは解決できないことですよね。そういったことを公にして伝えていくことはとても大事。社会を変えていきたい、不公平をなくしたいという想いが生きているのは今に通じていますよ」

富樫佳織の感客道

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