歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

古典に生きる、人と人との絆

富樫「最後のお芝居はそれでも、いざ心中しようという時に大家さんや近所の人が割って入ってくれて本当によかった…!」

久保「とてもいい意味で日本人の心が歌舞伎には生きていますよね。ニュースを伝えていると、今の日本は人と人との関わりが薄くなっているなと感じることがあります。私たちが小さい頃はまだ、向こう三軒両隣っていう考え方があったでしょ?」

富樫「今日の大家さんみたいなね」

久保「そう。でも今、私が怖いと感じるのは、感情をあまり持たない子供たちが増えていること。昔のように大家族だったり近所付き合いがあれば、人を傷つけるのは悪いこと、つらいことなんだよって言い合って暮らせたし、で当然憶えていけた、人への思いやりがね、薄くなっている」

 歌舞伎の中に描かれる人と人との深い関わりや誰かを想いやる強い気持ちに久保さんはハッとさせられたと言います。

久保「最初に観た『鎌倉三代記』。重い病気を案じて戻ってきた三浦之助に母親が、私の心配はいいから戦に戻って国のために戦いなさいって言いますよね。そういう時代なのかもしれないけれど、自分のお腹を痛めた子供にそう言うのはつらかっただろうなって」

富樫「ものすごく母親に感情移入して観ていましたよね?」

久保「自分が母親になって、子供を一生守っていこう、何を置いても家族を守っていこうという気持ちが芽生えて、お芝居の観方も変わったかもしれませんね。子供を育てるようになったから、親のありがたみが分かるようになったし、9年前とは感情移入する人物や心情が変わったことで、自分自身の変化を再発見した気がします」

 『水天宮利生深川』の終盤、主人公の幸兵衛は子供を自分の手にかけるつらさに耐えかね狂気してゆきます。それは現代でも起こりえること。絆が昔に比べ薄くなったと感じながらも、久保さんは人間が持つ変わらぬ心を信じたいと言います。

久保「親が子供を想いやる気持ち、子供が親を想いやる気持ち。今の日常とは違ってはいるけれど歌舞伎を観て、ああ、やっぱり人を想う気持ちってそうだよね、それでいいんだよねって安心できるっていいですよね。心を描いているからこそ歌舞伎は伝統芸能とか、芸術だからという意識を超えて、日本人に長い間受け入れられてきたのだと今日お芝居を見て感じました」

富樫佳織の感客道

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