歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



豊国画「踊形容外題尽菅原伝授手習鑑車引のだん」
国立国会図書館蔵(禁無断転載)

 

「型」を受け入れ生まれる心地よさ

 拝見したのは『小野道風青柳硯』『車引』『積恋雪関扉』『仮名手本忠臣蔵七段目』です。
 歌舞伎をご覧になるのは数年ぶり、むしろ初めてに近いとご謙遜なさる川俣さん。

川俣「もしかして、現代アートより難しいかもしれませんね」

 そうおっしゃいながらも幕が開くと舞台全体を見つめ、柝の音、客席のざわめきに耳を澄ませます。今回は古典の名作、舞踊の様式美、そして日本人なら誰もが知っている歴史劇の「歌舞伎フルコース」といえるラインナップです。

川俣「上演時間が4時間と長いので、順番を追っていくとひとつの流れになる構成なのかと思っていました。むしろそれぞれを独立して楽しむ幕の内弁当のような感覚なんですね」

富樫「名作揃いですが趣向は全く違う、豪華な幕の内弁当のようでしたね。身構えずにご覧いただいて、どんなことを感じられましたか?」

川俣「それぞれの面白みは違いますが、共通して“型”を楽しむ気持ちよさがありますよね。ストーリーを細かく理解していなかったとしても、観ながら俳優と一緒に見得を切っていくと単純に気持ちいいとか」

富樫「初見の演目でも“型”はつかめました?」

川俣「だんだん『このあたりで見得を切るんじゃないか』というのが分かってきますね。分かってくると、そのタイミングを期待して待つのが楽しいし、思った通りのところで見得を切られる爽快感がありました。皆、この感覚が好きなんじゃないかな」

富樫「確かに!歌舞伎の気持ちよさって、自分自身が“型”にはまることで体感できるのかもしれないですね」

川俣「“型”と言っても台詞や動きを単純に様式化したものではないのが面白いですね。見得をかっこよく切るのも型なら、細やかな心情描写にも型がある。観ながら泣いている人が客席にいたのですが、それも“型”に泣いているんだなと思いました」

富樫「“型”に泣く、ですか?」

川俣「きっと何年も、何度観ても同じタイミングで泣くんだと思うんです。観客と俳優が“ここで泣く”という“型”を自然に共有しているからできるんでしょうね。決まりきったことを再現することが型ではなく、そこに観る人の心をゆさぶったり感情のきわに触れるものがあるんですよ。だから『またあのタイミングで泣こう』という期待を持って劇場に来る観客がいるんじゃないかな」

 型に泣く——。その言葉に歌舞伎の楽しみ方を再発見しました。

 “型”は決して観客を裏切らない。「型を知らないから難しい」のではなく、逆に「型に自分が入ってしまう」ことで楽しむという『感客道』です。

川俣「むしろ型が分かってきたらもっと楽しいんでしょうね。俳優によって違いがあったり、観る日によって違っていたり、以前気づかなかったことを感じる楽しみがあるでしょうから」

富樫佳織の感客道

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