歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



「曽我物語図会」
国立国会図書館蔵(禁無断転載)
曽我兄弟の仇討ちを題材にした『曽我物語』は作者不詳で、多くの異本が存在する。1193年に富士の裾野で起きた仇討ち事件についても公式に書かれた文書は『吾妻鏡』のみで、その記載も100年後にされている。

 

嘘に包まれたリアリティと戯れる

 人は『嘘だ』と言われると逆に『本当なのではないか』と思ってしまう。その心理を煽る作法について話は続きます。

富樫「最初に町田さんが大名が並んで台詞を言う場面で『観た瞬間に嘘だと分かる表現』とおっしゃったのは、観慣れている自分にとって新鮮でした」

町田「正面を向いて座っているだけでなく、彼らが代わる代わる『ひとつ権力者の工藤祐経に取り入って上手くやりたいねえ』と言う台詞なんて、みんな内心では思っているけれど絶対に口に出しては言わないことですよね」

富樫「ほんと、おっしゃる通りです(笑)」

町田「現代で例えると、会社の同期が自分より早く出世した時に『おめでとう!よかったね』とは言っても、本当は心から言ってないのと一緒」

富樫「(笑)あります、あります!」

町田「そこで『くっそー、先に出世して腹立つ』と口に出してしまったら社会生活は送れないですから」

富樫(爆笑)

町田「そこを堂々と『権力者に取り入ろう』と口に出して言い合うなんて現実にはないんですけど、ああいうふうに見せられると、ああ、でも俺たちの気持ちってほんとはそうだよなって思う。外側から現実を追いつめているんですよ」

 町田さんの深い洞察に、なにげなく様式を楽しんでいた私ははっとさせられました。『嘘だ』と言い張るからこそ劇中に隠されたリアリティを人は探したくなるし、その真実の断片は説得力を持つ。だから、芝居をリアルタイムで観ていた江戸の人々は歌舞伎に熱狂したのではないかとも考えました。

富樫佳織の感客道

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