歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



(※2)『熊谷陣屋』
『平家物語』の名場面である熊谷直実と平敦盛の組打を題材に取り上げた義太夫狂言の傑作のひとつ。一の谷の合戦で敵方の敦盛を討った熊谷。しかし首実検で、差し出した首は我が子・小次郎のものだった。それは源平の合戦で皇統が絶えることを憂慮した義経が熊谷に指示してのことだった。戦国に生きる武士の忠義と、子を自らの手で打つ親の心、夫婦の絆を描いた普遍的な名作。

『熊谷陣屋』最大の見どころは、首実検により殺されたのが熊谷の息子・小次郎だと露見する場面。それに続いて、それぞれの役の見せどころが続く。

『熊谷陣屋』「妻さがみ」広貞
cThe TsubouchiMemorialMuseum,
WasedaUniversity, All Rights Reserved.

『熊谷陣屋』「石屋みだ六」広貞
cThe TsubouchiMemorialMuseum,
WasedaUniversity, All Rights Reserved.

『熊谷陣屋』「熊谷次郎直実」広貞
cThe TsubouchiMemorialMuseum,
WasedaUniversity, All Rights Reserved.

 

『気持ちよさ』を愉しむ

 町田さんは今回、歌舞伎をご覧になるのが2回目です。そして前回よりも2回目の今回のほうが面白味が増したとおっしゃいます。

富樫「私は『熊谷陣屋』(※2)をもう何度観たか自分でも分からなくなってきてます。なぜ何度も何度も同じ芝居を観て面白がれるのかなと思っちゃいます」

町田「歌舞伎は、現代の意味で言う“演劇鑑賞”というよりも音楽を楽しむ感覚に近いのかもしれませんね」

 町田さんは以前、演出家の方と話したエピソードを聞かせてくれました。

町田「その時に『君たちミュージシャンは楽だ』と言われたんです。僕が音楽をやっていた頃です」

富樫「なぜミュージシャンは楽だと?」

町田「音楽を聴きに来る観客は、一昨年も去年もライブで演った同じ曲をまた今年演奏しても喜んでくれるからいいなと。でも演劇は新作を出し続けなければ『去年やったのをまたやっている』と言われてしまう世界だと」

富樫「確かにそういうところがありますね」

町田「人がなぜ新作を観たがるかと言うと、次の展開を知りたいからなんですよね。サスペンス劇や推理小説は、犯人が誰なのかを知りたいがためにみんな最後まで観たり読んだりする。それはひとつのストーリーの型なんですよ」

富樫「音楽はそうではないですもんね」

町田「歌舞伎を何度も観るというのもそうですよね。みんな結末も知ってるし、全場面の流れも知っていて観る。普通の考え方だと『先の分かっているものを観てなぜ面白いのか?』ということになりますけど、それは面白いんじゃなくて“気持ちがいい”んですよ」

富樫「なるほど」

町田「“面白い”というのは筋が分かってしまったらある意味終わりなのですが、“気持ちがいい”というのはそうじゃないんです。音楽だったら曲の展開を知っていて『あ、ここで、あのカッコええギターソロがくるぞ!…くるぞ、くるぞ、きたー!』っていうのが気持ちいいんですよね」

富樫「思ったことがその通りになるのがね、気持ちいいんですよね」

町田「だから音楽も歌舞伎も、一回だけ観るよりは二回観たほうがいいし、二回よりは三回観たほうがいいんだなと思いました」

富樫「何度か観て展開を覚えてしまえば外せない場面も分かってきますしね」

町田「ですから音楽だと、自由即興音楽とか、その場で思いつきで演奏されると客も大変なんですよね。ついていかなきゃいけないから」

富樫「(笑)疲れますもんね。ありっちゃありだけど」

町田「途中で弁当食べたりしているわけにいかないんですよ。ずーっと観ていないといけないから」

富樫(爆笑)

町田「歌舞伎の面白さは、理屈抜きで観て面白いところなんだと思います。どうしたこうしたって話じゃなくて、衣裳を観たり俳優を観たり、ただ単に観て楽しいというのも大きいと思います。それは音楽にもあります」

 歌舞伎が400年間、観客を魅了してきた醍醐味のひとつは、この“気持ちよさ”。難しいことを考えなくても“気持ちいい”という感覚に身をゆだねれば、初めてでも何十回も観ていても楽しみは変わらない。新たな感客道を学びました。

富樫佳織の感客道

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