歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



時間のパラドックスを楽しむ

 目の前で繰り広げられるものが即興的なものだったら、観客はついていくのに精一杯で弁当を食べる余裕もない。私にとって町田さんのこの言葉は、歌舞伎の本質を突く格言です!なんといっても歌舞伎の魅力のひとつは、劇場にいることを楽しむことにあると思うからです。

富樫「町田さんは『寿曽我対面』をご覧になって『この話はきっと現代なら5分で描かれるんじゃないか』とおっしゃいまいたよね。そして歌舞伎の中には時間がある、という感想にも興味を持ったのですが」

町田「いま、普通にこう、生きていると時間がないですよね。特に仕事をしているといつも時間に追われている。だから現代人には5分で済むことを40分かけてする時間はないんですよ」

富樫(笑)

町田「ところが歌舞伎には、現代の映画や演劇ならば5分で描けるんじゃないかという場面を40分かけて描く時間がある。観客にはそれを、トータルで4時間かけて観に行く時間があるんだなと(笑)。そこがね、面白いと思ったんですよ。逆説的で」

富樫「歌舞伎の劇場にいる時の、なんともいえないこのゆるーい感じとか心地の良さというのは、現代の時間感覚にはない違和感を味わっているからなんですね。きっと」

町田「そもそも歌舞伎はゆったりと観るものなんですよね。酒でも飲みながら。だから歳をとって観てみると、ほんといいものですね」

富樫「人々が働いている昼間や夕方に、劇場でぼーっとしている“社会から外れた感じ”もいいんですよねえ」

町田「ゆったり流れる時間もある一方で、昼の部と夜の部の間の準備とかはすごく早いじゃないですか。さっき昼の部のお客さんが出て1分もしないで夜のお客さん入れてましたよね。新幹線の掃除だってもっと時間かかるだろう!と思いましたよ」

富樫「ははは(笑)」

町田「俳優さんも短い休憩ですぐに夜の部に出演するんですよね。そういう意味でね、観るほうもそんなに気負わなくていいんじゃないかと思いました。銀座歩いてて、ちょっと芝居いくか、くらいの感覚でもいいんじゃないかと思います」

 「遊びとは虚のもの」。
 ふらりと足を運んでたまたま観たものに「あ!わかるわかる」と一瞬打たれたように感じ入る、そういうものなのではないかと町田さんはおっしゃいます。何ヶ月も前からチケットを取り、有給をとって楽しみを積み立てる―そんな時間もいいけれど、心の準備をせず観る楽しみかたこそ、遊びなのではないか。

富樫「江戸の芝居小屋の絵を観ると、大の男が昼間っからたくさんいるんですよねえ。なんか、ぶらっと来ちゃいましたって感じで」

町田「今、お金に余裕のある男の人は圧倒的に時間がないですからね」

富樫「そうですね!夕方から4時間も酒飲みながら芝居観てられないですね」

町田「それが現代社会の常ですからね。江戸時代の男の人は時間があったのかもしれませんね」

富樫「有給とる必要もなかったんでしょうね」

 

富樫佳織の感客道

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