実盛の白髪染め
斎藤実盛は越前の出身で、もともとは源氏方の武士。はじめは源義朝(みなもとのよしとも)に仕え、その後義朝の弟義賢(よしかた)につかえました。義賢が討たれた折、義賢の遺児駒若丸(のちの木曽義仲)を木曽へ逃れさせる手筈を整えたうちのひとりでもあります。
義賢なき後、義朝のもとにもどり、義朝が平治の乱で敗れた際は最後まで義朝に従いましたが、平家の世になると、平宗盛(たいらのむねもり)に仕え、長井の荘の別当となっています。
義朝が討たれた約20年後の治承4年(1180)、義朝の子頼朝の率いる源氏軍と平維盛(これもり)を大将にいただいた平家軍が対峙した富士川の戦いでは、平家方の将として出陣しました。
その際、維盛に東国武士の気風を問われ、「関東武士は剛の者揃いで、親が討たれようと、子が討たれようと屍を乗り越えていく。夏は暑い、冬は寒いといっては休戦するような西国の武士とはちがう」と実盛がその剛勇ぶりを述べたので、平家方はすっかり震え上がり、水鳥の飛び立つ音に驚いて戦わずして撤退するという失態の誘引を作ってしまいます。※1
寿永2年(1183)、挙兵した木曽義仲軍討伐のため北国へ出陣した平家軍は、倶利伽羅峠(くりからとうげ)で木曽義仲の奇襲を受け敗走、加賀国篠原で源氏軍の追撃をうけます。その際、一人踏みとどまって討ち死にした武者がありました。赤地の錦の直垂(ひたたれ)に萌黄威(もえぎおどし)の鎧を着した華やかな姿は、若く名のある武将と見えましたが、名乗りかけても答えず、誰とも知れぬまま手塚太郎光盛に討たれました。
義仲がその首を見ると、幼少の頃見知っていた斎藤実盛であったので、髪が黒々しているのを不思議に思い実盛と親しかった樋口次郎を召して問いただしたところ、「白髪頭の老武者が若武者と先陣を争うわけにもいかないし、侮られるのも口惜しいと話していたので髪を染めたに違いない」と言います。そこで実盛の髪を洗わせてみたところ、墨が流れて年相応の白髪頭が現れました。
この出陣にあたり、一戦も交えず敗退した富士川の合戦の責任を感じていた実盛は、討ち死を覚悟で"故郷に錦を飾る"という言葉どおり錦の直垂を着し、髪を染めて出陣していたのでした。名を名乗らなかったのも、もし実盛とわかれば義仲が昔の恩とその老齢を考えて助命することを予想したからなのでしょう。※2(み)
※1『平家物語 巻第五富士川』
※2『平家物語 巻第七実盛』
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