中村錦之助 襲名披露会見
中村時蔵―――
以前、永山松竹会長から、信二郎は本名のままだから、中村錦之助はどうだろうかとお話がありました。萬屋錦之介でなくて宜しいのですかと聞くと、やはり歌舞伎の名前のほうがいいから二代目中村錦之助でどうだろうかと。従兄弟の歌六・歌昇、叔父の嘉葎雄の了解を得て、この度、錦之助を襲名させていただくことになりました。この話をこれまで進めて下さいました、永山会長に襲名する錦之助の姿を見ていただけない事は残念でなりませんが、二代目錦之助としてその志に報いるようがんばってくれたらと思っております。
中村信二郎―――
この度、亡き叔父が歌舞伎時代、そして若い頃の映画時代に名乗っておりました、中村錦之助を二代目として襲名させていただくことになりました。この錦之助という名前を襲名させていただきましたからには、歌舞伎界で代々残せるような大きな名前にしていきたいと思っております。そのためには私の師である天王寺屋のお兄様(富十郎)、私の兄・時蔵からも色々教わり、毎日毎日一歩ずつ勉強していきたいと思っております。どうぞ皆様よろしくお願いします。
最初に錦之助という名前を聞いてどのような感想を持ちましたか---
私としてはちょっと迷いました。歌舞伎界の名前というよりは、映画スターの名前ですから。でもある時ふと、だれも継がなかったらこの錦之助という名前は忘れ去られてしまう、と思ったんです。
今回自分が錦之助を継いで、これが三代目、四代目とずっと繋がっていけば、100年後200年後の歌舞伎界にもこの名前が受け継がれ、ずっと叔父の錦之助も生き続ける。そのためには歌舞伎の世界でしっかりとした足場を作らなくてはいけないし、毎日のお役を大事にしていかなくてはいけないと強く思うようになりました。
信二郎さんが目指す錦之助は---
もしも叔父の錦之介が映画に行かず、歌舞伎界にいたら、若いときはどんな役をやっていただろう・・・そんなことも考えながら一つ一つの役を大切に勤めていきたいと思っています。
信二郎さんにとって叔父の錦之介とは---
私は子供のときから錦之介の叔父に甘えてばかりいまして、叔父は兄たちには割りと、いろんなことを厳しく教えていたのですが、僕は小さかったので、「いいよ、お前は。」と常に可愛がってくれて、叔父が出るテレビなんかによく出させていただきました。
芝居に対しては、お客様は毎日違う人が観ているんだから、一つ一つ一生懸命やりなさい。それと品のない事はしてはいけない。その二つをよく言われました。
思い出話はたくさんありますが、叔父を見舞いに行き、一から歌舞伎の古典を勉強したいという思いを伝えた時、大変喜んでくれまして、一緒に写真を撮ろうと二人でツーショットの写真を何枚も撮ったんです。そうやって喜んでくれた、叔父の名を継いで、歌舞伎界で大成すれば、もっと喜んでくれると思っております。叔父の嬉しがってくれた笑顔を忘れずに、毎日精進していきたいと思います。
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