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三兄弟が語る『三響會』への思い

京都南座『三響會』

 4月12日、主宰の亀井広忠、田中傳左衛門、田中傳次郎の三兄弟が、5月27日(日)・28日(月)京都南座で開催される『三響會』に対するそれぞれの思いを語りました。関西初上演ということで、熱のこもった話を聞くことが出来ました。



田中傳次郎(以下傳次郎)―――
 関西で公演することは5年ぐらい前から、傳左衛門さんと私でずっと話していたんですが、なかなか実現しなくて。東京の「三響會」はおかげさまで次第に、皆様にも観ていただけるようになりましたので、やはりこれは是非関西に出て、こういう会が、皆様にどう楽しんでいただけるか発信したいなと思って、今回色々南座さんにお世話になります。

 一緒に出てくださる方も野村萬斎さん、観世喜正さんらレギュラーメンバーを含め、若手を集めまして、「三響會」の最初の原点であるスタイルをお見せできたらいいかなと思います。

 最初の「道成寺組曲」は素囃子で演奏を聞いていただいて、「屋島」は萬斎さん・(亀井)広忠さんの一調、舞踊の「喜撰」、「船弁慶」が能と長唄によりまして演奏が能の謡と長唄の演奏の掛け合いでございます。そして自信作(笑)、レパートリーの1つになります能と歌舞伎による「連獅子」、能でいうと「石橋」でございます。皆さん扮装していただいて、能と歌舞伎が1つの舞台で融合する。この5つのおもしろい演奏を見ていただけたらと思っています。

田中傳左衛門(以下傳左衛門)―――
 今回初めて関西で上演させていただきます。(今回の演目で)「船弁慶」と「石橋」に重きを置いているのですが、この2つは「三響會」の特色が現れているものになります。

 何度か再演して、練り上げているといってはおこがましいのですが、その経験を踏まえて、主なレパートリーをお見せします。

傳次郎―――
 興行だと何十回としますけど、(「船弁慶」「石橋」は)まだ何回しかしていないのでこれから、これが自分たちの代表作になれればいいなと、これから先も練り上げられたらいいなと思っている出し物です。

3人の演目での出演と楽器は?―――

傳左衛門―――
 すべて小鼓で「道成寺組曲」「喜撰」「船弁慶」「石橋」の4つです。

亀井広忠(以下広忠)―――
 私も「喜撰」以外全部です。大鼓です。

傳次郎―――
 今回は3人とも1つです。私も「屋島」以外は全部太鼓を打ちます。珍しいかもしれません。大体僕が鼓も入ったりするんですが。

広忠―――
 こうやってみると結構ハードですね。

傳左衛門―――
 今更言わないでよ。(笑)

傳次郎―――
 頑張らないと。(関西で)最初の公演ですから。お客様にお腹いっぱいになって帰っていただかないと。

今年で結成10年、そして初めて関西で上演する事への思いは?―――

広忠―――
 結成10年で初めて東京を離れて上方にうってでる。事の重さは痛感しています。

傳次郎―――
 (結成10年というのは)我々の岐路かなと感じまして、10年やってきたスタイルをこれからやっと発信できるかなというのがありますね。今回10年目の第一弾として南座で「三響會」。我々の新たな挑戦ですね。公演がうまくいくのか、お客様が来てくださるのか、不安な点は色々あるんですが、今までやってきたノウハウで乗り越えられたらいいなと思っています。

異なるジャンルの能と歌舞伎の囃子の音楽を融合させることについて?―――

傳左衛門―――

傳左衛門

 もともとの発会のきっかけが、(能と歌舞伎)違うジャンルを自分たちがやりあった時に、どういう風にして自分たちが消化できるのか、という純粋に勉強のつもりではじめたことなんです。

 一番気を使うのが、能の形式を崩さない。やはり、歌舞伎の人間が能楽外の人間として、能の形式を崩してはいけないという思いがあり、能の曲はいじらない。いじらないで、切って間にはめ込んで埋め込んでいく作業をしていく。

 

傳次郎―――

傳次郎

 我々の新しい試みではあるんですけども、古典は大事にしていこうというのでずっと通してきておりますので、絶対「石橋」の形は崩さない。

 歌舞伎でも能でもそうですし。そこに、どううまく融合させるか、どういう見せ方をするかというのが新しい試みなんです。まったく違うものをもってきてとか、新しいものを創って見せるとかではなく、もともと古典にあるものに2つのジャンルが組みあわさったらどういう形になるんだろうというのが我々の会のおもしろさではないかと思います。

 

広忠―――

広忠

 能の方はいくら古いといっても、そこに何も権威を持ち込まないようにやるのが「三響會」のコンセプトだと思うんですよ。同じ日本の和の伝統芸能、和の演劇として能と歌舞伎の2つの芸能をどう組み合わせていくのか。

 バラバラに切り絵みたいに継ぎはぎしていくのでは意味がない。そこには芸術性と音楽性のこの2つがないと意味がない。そういう意味では1人で決めかねるところを、我々は3人いたというのは非常によかったのかなと。3つの視点が合わさることによって、主観的・客観的というところが使い分けられる。

傳左衛門―――
 会に出演していただいている方も、僕らのやりたいことを汲んでいただいて、いつも話し合ってやってます。

傳次郎―――
 どんどんおもしろくなってきているのが、皆さん真剣勝負をしていただけるんですよね。役者であり音楽家であり、やはりこれだけの若手の実力者が集まると皆さん、負けてはいけないという緊張感が舞台の中で生れるので。

広忠―――
 世阿弥の時代でいうならば立ち合いですね。能と歌舞伎の立ち合いです。能と歌舞伎の対決の緊張感を出せればいいなと思います。。

新たに発見できたことと、「三響會」でやって感じる能・歌舞伎の魅力はありますか?―――

広忠―――
 やっぱりホームグランドたる能楽堂というものに、いかにどれだけ胡坐をかいてるかと。能楽堂という場所にいかに守られているか。演奏方法の見せ方・聞かせ方を、自分の核は保ちつつ、変えないとお客様には通用しないんだなというのはよく分かりました。能の魅力、それを今模索中です。僕は歌舞伎の方に魅力を感じている人間なので(笑)。

 囃し方でも舞台に立っている以上は役者という概念、役者が楽器を持ってそこで表現しているいう概念で「三響會」をやるようになり、能舞台のそういう亜空間的な魅力も感じられるようになった。

傳左衛門―――
 「三響會」をやって何が良かったかというと、同世代の仲間と劇場空間で1つの物を創れたという達成感がありますね。

傳次郎―――
 能も歌舞伎も奥が深いなと感じました。まだまだ可能性を秘めている演劇が多分、能だと思うんですね。能は流行らず、廃らずという言葉は失礼かもしれないけども、やはり長年守られてきた分、まだまだ掘り下げていくと、まだまだきれいでおもしろい見せ方で、この日本の美意識というものをもっと掘り下げられんではないかと思います。

 (「三響會」は)歌舞伎の派手さだけでなく陰と陽がきっちりあるというのが魅力だと思います。逆に能よりは派手。だからこそ難しい。

最後に南座に来られるお客様へのメッセージを―――

傳左衛門―――
 僕ら歌舞伎に携わる人間にとっては南座という劇場は、思い出のあるすばらしい劇場。そしてやっぱり京都っていう街は、皆さん芸を知り尽くしている、そういったお客様に対してどれだけ「三響會」というものが認識していただけるのか、というのが恐いところではありますが、頑張ってやりたいと思います。

傳次郎―――
 温かい目で見てください。批判的な目で見るのではなく(笑)。見守ってくださり、新たな発見をしていただければ嬉しいです。あと若手のパワーというものを感じていただけたら嬉しいです。

傳左衛門・傳次郎―――
 最後に(亀井)広忠さん、簡潔に(笑)。

広忠―――
 なにぶん初めてなもので宜しくお願いします。

 各自たっぷりと舞台にかける思いを語り、素晴らしい舞台が出来上がる期待を抱かせつつ、インタビューは幕を閉じました。

 京都南座『三響會』の公演情報は こちらをご覧ください。


三響會

2007年05月12日

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